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.2026/03/18 おとといNHKで『激突メシあがれ〜自作グルメ頂上決戦〜 サバ缶がごちそうに大変身』という番組を見ました。2026年3月11日の再放送。アマチュア料理人3人がサバ缶を使った新しい料理に挑戦でございます。その3人目の方が、料理学校に通っていらっしゃる娘さんにパイ料理の試作品を食べてもらったときの彼女の感想が歯に衣(きぬ)着せぬものでございましたいわく「詰め込むことがごちそうじゃない」「そここだわる? っていうところにこだわっている」──。なんか『シン・仮面ライダー』にもそのまんま当てはまるよーな。ちなみに結局、娘さんのアドバイスを受けて改良したその方のパイ料理が番組の優勝とあいなりました。
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今月あまり記事を書いていないので穴埋め。
 
スターログ」誌1979年9月号に載った『機動戦士ガンダム』の紹介記事でございます。
 
 『ガンダム』が始まったのが1979年4月7日だそうでございますから、
受け売りではない紹介としてはかなり早い方なんじゃないかな?  
 
 ちなみに、「新アニメ時代がやってくる」と題して紹介されたほかの作品は、
映画『銀河鉄道999』、『火の鳥2772』、
それにテレビの『マリン・エクスプレス』でございました。
 
ガンダム
 
007』と『コンバット』というのは、最初のほうの感想でしょうな。
 変に思えたのですが、たとえるとすればこんな感じなのかも、
 
 なのかなぁ。
 
 
 この記事を読むと、SFファンにまず注目されたことが分かりますな。
 
 そしてそれゆえに、低視聴率が懸念されていたことも……。
 

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Role&Rollvol.200 
 
 (※ 元の絵には、200にヒビが入っていましたが、なしにしておきました~!)
 
 
☆ でも一番印象に残っているTRPGとなると やっぱりサタスペなんですよねー。
 前にも書いた気がいたしますけれど。

 出会ったときは。でもナンダコレ、でした。
 
 塩辛を食べたつもりがあま~いお菓子だったみたいに、
脳がついていかなかったのでございます
(サタスペは甘くはございませんが)
 
 ファンタジーではなくてヤバめの現代物で、予定調和よりもサイコロ至上。
正直最初は、内輪ウケをのぞき込んでいるような感じで???
 
 冒険企画局はこんな輩に乗っ取られたのか、と思うことしきりでございました。
 試合開始直後の猫だましから必殺ブローという感じでございますな。
 
 ああいうアラクレは、
今後「Role&Roll」の流れからは出てまいりませんでしよう。
出てきても、たくさんあるTRPGのうちの一つという形で
埋没してしまいそうな気がいたします。
 
 当時、月刊ではなかったために
濃い内容を盛り込めたということもプラスに働いたと思いますな。
 
 
☆ Role&Rollに望むことは、
  各TRPGの作者グループが書くものにとどまらない記事も
  欲しいということでございます。
  
 作者グループ以外のリプレイですとか記事もそうでございますが、
作者に対する作品とは関係ないようなインタビューですとか。
そういうものを通じて、作品に対して親しみを感じたり、
内容をより理解できることもあるかと思うのでございます。
 
 あとは遊ばれている状況のレポートとか。T
RPGの文化的な広がりを感じさせるものを見てみたいと存じます。
 
 まぁ、やらないか……。
 でも、マンガとかでもキャラクターが大切って申しますでしょ?
 人が見える記事って欲しいなぁと思うのでございます。
 

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2021/05/03 アイリッシュの『夜は千の目を持つ』は、
ヒロインの父親の死を予言した青年の言葉が、
本当に超常的な力なのか、それとも犯罪性のある企みなのか、
予言は成立してしまうのか、それとも阻止できるのか、
という謎で読者を引っ張るサスペンスでございます。
 
予言などあるはずはないのだが、それまでに成立した予言を考えると、
よほど綿密な計画と組織、それに偶然がなければ不可能に思えるのですが──。
 
本文の2/5でしたか、かなりの部分をヒロインの独白が占め、
しかも彼女が1回だけ、ミス・リードって表記されるですよね。
 なので、叙述トリックも考慮に入れなければならないところが
食わせ者にございます──アイリッシュの作品だけに。
 
 捜査側の行動、と申しますか途中のエピソードは、
もう少し緊密な方がいいと思いますが、
最後まで緊張感をもって読ませてくれる作品にございました。
 
 
 
2021/05/04 めいざふぉーすみどりの日の今日は、
日本ではエンドアの日ということになりますな。
 
 それにしても、帝国軍はなんであんな辺境にデススターⅡなんか作ったんでしょ? 
 しかも、映画を見たときは気づきませんでしたが、
ここを反乱軍が攻撃目標としたのは、
パルパティーン皇帝が彼らをおびき寄せたためだとか。
 
 それにしては防御がずさんだったような気がするのですが……。
 
 
 
2021/05/05 ♪ピーチ ピーチ 桃太郎♪ 
 
──桃太郎って3月3日生まれなのかなぁ
と思ったのでございますが、
でも桃の実がおちるころと考えると違って来ますよねぇ。

 ただこの桃の実って桃源郷、神界・仙界みたいなところの果実でしょうから
季節とか関係ないのでございましょう、多分。
 
 

2021/05/06 石ノ森章太郎コレクション ファンタジー傑作選』が
5月12日発売だそうですな。
 
マズい。
 
それ前に「~初期少女マンガ~」の記事書き終わらなそう。
それにしても、収録作品が分からない。
全然ファンタジーじゃない「そして……だれもいなくなった
が入っているらしいけど……。
 
 
 
2021/05/12 「マンショポエム東京論 バベルの塔と異常な高層住宅民」
大山顕(「本の雑誌」2021/04)
 
「創世記」に著された「バベルの塔」には
「神が怒って塔を破壊した」という描写はない。
神が行ったのは、地上に降りて
「彼らの言葉を混乱させ、彼らが互いに言葉が通じないように」しただけである。
その結果、建設現場は混乱し塔は完成せず、人々は街を去ってちりぢりになった、
といういきさつだ。
「神がキレて塔を壊した」というイメージが根強いのは、
その後の時代に制作された絵画や映像でそのように描かれたからだろう。
 
 ああ、確かにそう言えばそうかも。
 
 
2021/05/13 (続き)このバベルの塔の記述について大山顕先生は、
現時点で世界一のブルジュ・ハリファ建造時、
外国労働者の劣悪な労働環境と低賃金が問題となって
ストや暴動が何度も起きたことを例に挙げ、
バベルの塔の建設現場でも同じようなことが起こったのでは、
と考察しておられる。
 
 うーん、あり得るなぁ。
 
2021/05/14 マリー・アントワネットさんが
「パンがなければブリオッシュを食べればいい」とおっしゃったというのは、
別の人の発言でしかも後世の作り話かも? 
というのは「なぞのまとめ」 2019/05/19 に書きましたが、
この前紹介した「西洋アンティーク・ボードゲームp.150に拠りますと、
1789年に財務総監に任命されたフーロンという方は
民衆は腹が減ったら干し草を喰えばいい」と発言したため、
フランス革命の時、首を切られて干し草を口に詰められたのだとか。
 
この話も作り話という説がございますが、
とにかく、民衆をないがしろにするえらい人は
こういうことを言うという発想が、フランス人のかな?
根底にはあるのでございましょう。
 
 
 

2021/05/16 まごまご引きで申し訳ないですが、
北村薫先生のユーカリの木の陰で(「本の雑誌」2021/04)に引かれた
『考証要集秘伝! NHK時代考証資料』大森洋平(文春文庫)に拠りますと、
 
「え、マジか?」といった言い方は江戸時代からあり、
十八世紀末にはかなり流行ったという。近代の俗語ではない」
(東京新聞朝刊、2003年3月28日)
 
 とのこと。そうだったのかー(マジか、とは言わない)
 
 
2021/05/19 NHK ダークサイドミステリー
「神秘の遺宝の謎に迫る 〜ロンギヌスの槍(やり)・聖杯・死海文書〜」
塩田信之先生ご出演なさっておられました。
そのコメント自体はよかったものの、番組の内容としては薄味
ファンタジーRPG風のシーンとか入れる必要ないと思うけどなぁ。
死海文書の復元作業の映像など、見るべき箇所もございましたが。
 
 
 
2021/05/21 NHK 歴史探偵「長篠の戦」
武田軍は、当時の明のお金──永楽通宝だったか──を溶かして
鉄砲玉を作ったのだそうでございます
(全部というわけでもございませんでしようが)。
 
投げ銭の元祖? 
 
一般的に使われる鉛に比べ、
融点が高く加工がしにくい銅をなぜ使ったかと言えば、
貿易港から遠く、鉛の入手が難しかったからだとか。
 
 

2021/05/22 ほうれん草の水煮缶のオリーブ炒めってどこかの定番料理なのかな
って思ったのですが、
 
調べてみるとポパイって最初からあの設定じゃなかったのだそうですな。
 
 そもそもポパイは主人公じゃなかったそうですし、
 ほうれん草の缶詰も当時はなかったのだとか。

 ですから、缶詰会社がスポンサーとか、そういうこともないみたいです。
水兵服を着ているので、
海軍とか海の男の定番料理みたいなものがあると思ったのでございますが。
 
 
 
2021/05/26 目が3で色々さがしていたおかげで、
見つからなかった『サンコミックスの『青い月の夜』が見つかりました。
で、「かげろう」ですが、そのラストに収録されておりました。
すっかり忘れていたなぁ。
この作品集で印象に残っているのは、「雪の日に」内で語られる雪ん子の話。
マッチ売りの少女」を翻案した悲しいお話にございます。
 

雪の日に
 



2021/05/30 きのう、ひさしぶりにa-too南瀬名店に行ったら、
いくつかゲームブックが置いてございました。
 
『鋼の錬金術師 BLUE』(フィギュアがついているヤツ)が600円。
ドラゴンファンタジー『七つの奇怪群島』が2900円。
同じく『魔獣王国の秘剣』2100円
桐原書店の「2002年帝国の逆襲』が3500円。
光文社文庫の『鉄人28号』が900円。
ケイブンシャの『ナイトライダー』が1600円。
ファミ通ゲーム文庫の『ダビスタ』が300円。
 
を見つけました。イタミとかヨゴレとか描いてあったのもございましたが、
それはメモいたしませんでした。
ちなみに置いてある場所はバラバラでございます。
 
 
 
2021/05/31 書いておきたいことはも少しございますが、
石ノ森先生月間……二ヶ月間はとりあえず終了。
通常運転に戻る予定でございます予定は未定。
でもねぇ、古いマンガばっかり読んでいたものでございますから、
読むものがたまってたまって……。
 

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 と申しましても、まだ手に入れてはございませんが。
 
 それほど近くでもない近くの本屋さんで
売られるのを待っていたのでございますが、どうもダメみたい。
 
 まぁ、出ているのでございましょう。
 とにかくおめでとうございます。
 
 300号を目指して、
 これからも面白いものを追求してくださいませ。
 (って書いても、読んでないか)

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☆ 藤子先生がウルトラマンを描いていたのはご存じでしょうか
それが、これ。
オバケのQ太郎 ウルトラマン
 

この一コマだけでございますが、ウルトラマンでございましょ!?
 
『藤子・F・不二雄 大全集 オバケのQ太郎 2』「正義の味方モシモ仮面」。
1965年の週刊少年サンデー7号に掲載された作品だそうです。
 
ウルトラQ」が始まったのが1966年1月2日でございますから、
それよりも1年早い計算になります。
 なぜ、この時期にウルトラマンなのか。
 その答は年号にございます。
  

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MYフレンド」の記事で、
ミュータントモグラのことを書きましたが
ミュータントモグラ
なんと『オバケのQ太郎』にも
このキャラクターは登場しております。
『藤子・F・不二雄大全集 オバケのQ太郎3』
  「Qちゃん鉄道」)。
 
 単なるモグラとしてでございますが、
その姿は確かにミュータントモグラ
 
 しかもこの作品では、
なんとその全身が描かれております。
 
 ミュータントモグラの土から下の部分なんて、
石ノ森先生の作品でも見たことない。
 
 と申しますか、考えたことすらございませんでした。
 
 どんな形か想像できますか?
 
 わたくしには意外。
 そして、がっくりきました。
 見ないほうがしあわせかも?
 
 というわけで、続きを読むことなく、ここで引き返しください。

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 同じく「石森章太郎落書きノート』から、『三つの珠』のキャラクターたち。
(ちなみに、前回の記事はこちらですが、読む必要は特にございません)
 
三つの珠
 
三つの珠
 
 なんと、最初の段階ではギリシャ神話風の世界観だったのでございますな。
  
 当時でございますから、手塚先生の
リボンの騎士』や『火の鳥 エジプト・ギリシャ・ローマ編
あたりの影響があったのでございましょう。
 
 それがなぜ時代劇、
しかも平安末期(ゆるい意味で)になったのか?
 
 石ノ森先生は1957年には、火の鳥風太郎
火の鳥風太郎』という
書き下ろし単行本をものなさっておられます。
 
 これが、ロシア民話火の鳥と黄金のリンゴ
ウィキペディアによりますと
イワン王子と火の鳥と灰色狼」となっておりました)の翻案。
 そうした先例があるので、別に不思議ではございませんが──。
 
 手塚先生の作品と、
かぶってしまうのを避けた のでございましょうか。
 
 でもなぜ平安末期? 
 その答は、これなのだと思います。
 
 石森章太郎落書きノート
 
 
 手塚治虫先生の『武蔵坊弁慶』。
 この作品、残念ながらわたくしは読んでおりません。
 
 ですが、ネットで見ると、
 要所は押さえながら、かなりノリが入った作品みたいですな。
 
 これを読んで、自分でも描いてみたい、自分ならどうするか、
と構想を膨らませていたのではございませんでしょうか。
 
 それを縦軸に据えて、
最初のギリシャ神話風の物語を重ねていったのではないかと思うのでございます。
 
 元にとらわれることなく、ちゃんと自分の作品にしているところは、
さすがでございますな。

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龍神沼」の記事を書き終えた後、龍神沼の乙女
いくつか新たに見つかったので書きとめておきます。
 
 前回の記事を読んでいなくても関係ございません。
 単独で読める紹介でございます。
 
 一つ目がこれ。今回いろいろ引き合いに出している
石森章太郎落書きノート』から──。
 
「龍神沼」の初期案(↓)と
「龍神沼の乙女」(→)のイラストでございます。
 
長塚章という中学2年生が主人公のようですな。
 
龍神沼
 
 石ノ森先生がエッセイで、
どういう話を書こうとしていたのかは今となっては分からない、などと
お書きになっているのがこれのことだと思いますが、
確かに、これだけでは分かりかねますな。
 
 
 次にこれ。
おかしなおかしなおかしなあの子(さるとびエッちゃん)には、
よっぱらい竜の巻」と題しまして、
セルフパロディと申しますか、
バリエーション的なことをやっております。
 
さるとびエッちゃん
 

さるとびエッちゃん  
 
(ちょっと期待したのでございますが、
 ももちゃんはメガネを取ると目が3キャラクターじゃないんですよねぇ。
 そのかわり、目がくっついたまま、メガネが跳ぶという芸当をやっております。
 こ;れは、石ノ森先生の他のギャグマンガでも見られる現象にございます) 
 
 
 三つ目は『千の目先生』の後半ですな。
 

 千の目先生  
 
 竜ではなく人魚の話で、内容もかなり違ったものになっておりますが、
 口寄せの老婆と網元が組んで(と思ったのですが、再読したら網元はけっこう脇役。
おばばは、東京から来た観光会社の社長と直接渡り合っておりました)
金がらみの悪巧みを行うあたり、
「龍神沼」の変奏、新たに語り直したものと申してよろしゅうございましょう。
 
 
 最後は、『時ヲすべる』の1話。
 これが『龍神沼』を描いていた当時の話でございました。
 画像は用意いたしませんが、
 1話は電子書籍の試し読みで読める部分ですので、
 気になった方はそちらでご覧いただけばよろしいかと存じます。
 
 
 というわけで、以上
 今回見つかったのは、こんなあたりにございます。

 。

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 メガネを取ると目が3になっているという
古典的なマンガ表現がございますよね。
 
 あれは、いつ頃からあるものなのでございましょうか。
 ネットで調べると、のび太君というご意見がございましたが、
 いや、さすがにもっと古いのがございましょう。
  
 藤子不二雄作品だけで考えても、もっと前から存在したはず。
 なのですが、今回は見つけることができませんでした。
  
 メガネキャラがメガネ外すこと自体珍しかったりするので、
 ちょっと難しい。
  
 メガネを取らなくても目が3は見つけました
(藤子・F・不二雄大全集『オバケのQ太郎4』)
 これが、1966年の作品らしいです。
 
 目が3
 
 
 これより以前に、
メガネを取って初めて目が3だと判るキャラがいたかどうかは不明ですが。
 
 (いつ頃からかは知りませんが、藤子不二雄まるえー先生が
  マンガに登場するときもメガネに3だったりいたしますな)
 
 でもまぁ、メガネを取る→目が3と判るという過程が、
突然変異的に生まれたというのは考えにくい。
 
 おそらく、目が3のキャラがいて、メガネキャラがいて、
メガネを取ると目が3のキャラが成立したのでございましょう。
 
 そう考えるのが順当だと思います。
 
 では、目が3のキャラクターの元祖的存在は誰か
 
 わたくしが誰を考えているかを当ててみてください。
 そんなに難しくはございません。

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(タイトル下に書ききれなかったのでこちらで)
 
 
 トランプなどカードを武器に戦うのってございましょう? 
ああいうのって、何がルーツなんでしょうねぇ。
トランプによる攻撃というのなら、
おそらく『不思議の国のアリス』が最初ではないかと思われますが、
それとは話が違います。
 
 自分が知っているかぎりでは、テレビアニメでは『スカイヤーズ5』。
 マンガでは『秘密探偵JA』の朝日五郎さんあたりぐらいかな。
 朝日五郎さんはちょっと……かなりテクニカルなことをしておりますが。
 
 調べてみますと、
竹内つなよし先生の『コンドルキング』(1961-62)が上がってまいりました。
気になったのは、忍者ものの手裏剣投げとの関連でございます。
 
 トランプを配るごとく手裏剣を手のひらに載せて連続的に投げるのと、
どちらが先なのか。
いずれにせよ両者とも、そのトランプを配る動作から派生したのでございましょうが。
 
 海外に例はあるのかなぁ。
 
 あるとすれば、カジノのディーラーや手品師などに化けていそうで、
しかも武器を使って攻撃しそうな役どころということで、
怪盗とかスパイとか思い浮かびますが、
トリックなどを使いそうという点で共通点はあるものの、昔のフィクションでは、
スパイや怪盗が、トランプを扱う職業に扮していて、
しかもそれを飛ばして攻撃するっていうのは、ないような気がいたします。
 
 だいたいカジノ用のトランプで、
人にケガを負わせられそうにもございませんし。
フィクションでもそれが許容されるのは、
ある程度派手な世界観でございましょう。あるいはコメディであるとか。
 
 そんなわけで答は見えませんが、
マンガや映画でスパイや忍者が流行ったのが1960年代かもう少し前からですから、
その辺りがルーツなのでございましょうねぇ。
 
コンドルキング』も最初期の例なのかもしれません。
 
カードが無限に飛び交う様は、
堀江卓先生の『矢車剣之助』の
無限に弾丸が飛び出る二丁拳銃に影響を受けたものかと思われます。
 
 
 
《追記》
 
2021/08/19 都筑道夫先生の『なめくじに聞いてみろ』にも、
トランプを武器とする殺し屋が出てまいりました。
 
ただのカードでは、殺傷能力はございませんから、
2枚のカードの間にカミソリを挟みこんで貼り合わせ、
それを武器とするのでございます。
 
もちろん、小説なので、一度に何枚も跳ばすような派手なことはいたしません。
 
もしかして、こちらの方が『コンドルキング』よりも早いのかも、
と思って調べてみました。
 
すると……。
 
なめくじに聞いてみろ』は、元のタイトルを『飢えた遺産』といい、
東都書房から出版されたのが 1962年。
さらに調べてみると1月とか。
うーん、微妙だなぁ。

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 収録作は以下のとおり。石ノ森章太郎コレクション
 
 「かげろう」
 「ごいっしょに白鳥のみずうみをききません?」
 「雪おんな」
 「そして…だれもいなくなった」
 「永遠の女王ヒミコ」
 「びいどろの時」
 「うしろの正面だあれ」
 「ヒュプノス」
 
 
 

 「初期少女マンガ」のほうはすべて読んでいたが、こちらは半分ぐらい……。
雪おんな」と「そして…だれもいなくなった」は読んでいる。
かげろう」は作品リストかなにかでタイトル部分だけ見たことがある。
と思ったのですが、サンコミックス版『青い月の夜』に収録されておりました)

ごいっしょに白鳥のみずうみをききません?」は未読
 
 で、新しい四作のほうが、かえって分からない
びいどろの時」は「マンガ少年」なので読んでいると思うが。
うしろの正面だあれ」は、
p.252の「かごめかごめ」を調べているシーンだけ良く覚えている。
永遠の女王ヒミコ」は、
何か作品といっしょに収録されていたのなら読んだと思うが……。
ヒュプノス」も同様。
 
 この四作、2回目に読んだら何か読んだことがある気がしてきたけれど、
そういうのってアテにしちゃいけないよね。
 
 ……でも読んだことある気がするなぁ。
 
 この四作品、四者四様なのだが、
スタイルとタッチが完成されてからの作品は、どこか同じに見える
 
 ファンタジーというよりも奇譚だろう。
現実的なところから始まって、謎にたいする解釈があって、少々ホラーテイストで。
 
 完成されているがゆえに記憶に残らなかったのだと思う。
 
 別に石ノ森先生が描かなくても、という気がしてしまうのだ。
他の、連載作品などとあわせてみても、
確かに石ノ森先生のその時代のテイストなのだが。
 
「龍神沼」のところで問題となった、風景についても同様。
 洗練され、流れが自然なので、印象に残らない。
 自分としては、やはり、テクニックを使っている
と分かるようなものの方が好きだ。
そもそも、そういう部分に魅せられたのだから。
 
 
 
 こういう短編集の場合、
連載ものの一篇が何作か取り上げられることがしばしばあるが、
それがないのは素晴らしいと思う。
 
 ただ、新しい四作のほうについては、
連載の一作のほうがレベル高い作品あるのでは? とも思ってしまう。
 やはり、この時期は連載ものがメインだった気がするのだ。
 
 とはいえ、だからこそ、その時期の短編を取り上げてくれるのはありがたいが。
 
 
 それでは各作品について。
 
かげろう」は、この時期の作品らしく、
色々な効果を取り入れようとしているのが楽しい。
 ただ、急いで描いたのか、絵が雑で、その効果が薄れていると感じる。
 例えば、p.29-31の風景描写などは、もっとちゃんとした形で見たかったところだ。
 面白いのは8ページと10ページの一コマ目。
 同じような絵を配することで、短い時間に起きた白日夢のような出来事を表現している。
p.41あたりからの逃避行は、『イナズマン』を思わせるね。
 

ごいっしょに白鳥のみずうみをききません?白鳥の湖
 タイトルだけ見たときは、知ってるかなと思ったのだが、
石森章太郎作品集① 少女版ミュータント★サブ
(サンリオ/1978)所収の「白鳥の湖」だった。

 
 この「ごいっしょに~」、
レコードをかけるところから始まり、
それを取り出すところで終わっているが、
同じ事は『ジュン』の「音楽を聴く」でもやっているね。
 
ジュン』という作品は、
まったく新しいことをやっているように見えるけれど、
「初期少女マンガ」やこの作品などで分かるとおり、
それまで色々なところで試してきた手法を、            (白鳥の湖)
その時点での先生の最新の技術で描いてみたという
意味合いも強い。
それによって、自身のスタイルを
さらに一歩進めていったのだろう。
 
 

雪おんな
『鶴女房」と「雪おんな」の伝説を合わせたような作品。
それに笠地蔵も入っているのかな?
「龍神沼」では発揮されなかった超常の力が、
今作では発揮された形になっている。
 最後の新幹線は、今は昔の物語ということなのだろう。
 
 
 
そして…だれもいなくなったそして…だれもいなくなった
5つの物語が交互に現われる作品。
ザッピングというか、
カットバックの魅力をふんだんに
活かした造りだ。
 
 絵物語風のメインとなる物語を中心に、
スパイ物、学園もの、
ハンターの話、それに四コマと、
舞台やジャンルの異なる作品が展開する。 
 様々な作品を様々なタッチで描いてきた
石ノ森先生の面目躍如と言っていい。
 
 とは言ってもアクション要素が強い作品が多い。
 カットバックの相乗効果が、           (そして…だれもいなくなった)
その方がより強く表れるという計算からだろう。
 
 このような結末ならば、どんな終わり方をしてもよさそうだが、
四コマの「しあわせクン」を別にすれば、
すべてちゃんと結末まで描いて終わりにしている。そこら辺は見るべき点だろう。
 
 そして、p.154-156。走馬燈のようなシーンには、
劇中に出演した登場人物に加え、
石ノ森キャラの有名どころがゲスト出演している。
こんなところにゲスト出演していいのか、という気もするが、
細かく見る楽しさがある。
 
 
 
 あとの作品については、自分には語ることを持たない。
なので落ち穂拾い的な雑談を。
 
 

永遠の女王ヒミコ
永遠に生き続ける女王という設定は、
怪奇ハンター100万年の女王でもやっていた。
ハガードかなにかに元ネタがあるのかな……と思ったのだけど、よく分からない。
 
 

びいどろの時
 今みたいにループものがあたりまえだと、こんな不幸はないんだけどね。
このころは、そういうのないから、ねぇ。
 
 

ヒュプノス
p.281 5コマ目。石ノ森先生のキャラクターがこんな表情をするのは珍しい気がする。
 なんかほかの人の絵みたい。
 
 
 
 最後に、竹宮恵子先生の解説で、 
石ノ森先生は「………」を多用すると書いてあるのを見て、ハッとなった。
 あれ、多いのか。
 石ノ森先生の作品、たくさん読んでいるから、あれが普通だと思っていた。
 だから自分でも「……」や「──」は普通に使うけれど……、
多いのかなぁ……?
 

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 この作品だけ、テイストが違っておりますな。MYフレンド
 コミカルで軽い感じなのはもちろん、
さらっと描いているあたりがプロっぽい。
 作中作は、 よくある少女マンガ
に対する批評でございますな。
 
 意味のないスタイル画っていうのは、
かつてそれを入れるように編集者から強要されて、
イヤだったんじゃないかなぁ。
 
 たとえば、『龍神沼』p.106の二コマ目なんか、
ポーズをつけていて
ちょっとスタイル画っぽいですよね。
それを小さいコマで描いているのは、
石ノ森先生の抵抗だったりして。
 
 
 
 
 
 さて、この作品にはミュータントモグラが出でまいります。
 手塚治虫先生のスパイダーやヒョウタンツギのようなキャラクターを
ということで作られたのでございましょう。
それとも自然発生したのかな?
 
 本作では色々介入して来ておりますが、
手塚先生のキャラクターとは違い、
いつもはいるだけのキャラクターでございますよね。
 
 この辺に、作者の性格が出ているのかもしれません。
 
 
 このキャラクター、いつ頃からいるのでございましょうか。
 作中では十年程前と書かれておりますが、果たして?
 
 ミュータントモグラなんだからミュータントという言葉を知ってから、
ということは『ミュータントサブ』のあたりからじゃないかな、
とも思ったのでございますが──。
 
『ミュータントサブ』は作品リストによりますと、
1961年に「ミュータントX」という作品があり、
そこから始まっているようでございます。
 
「MYフレンド」が1967年ですから、それですと6年ほど前……。
 さらに調べると、案外簡単にわかりました。
 
 これ。
「石森章太郎落書きノート』(小学館/昭和55年)。
 
ミュータントモグラ

 
 これ自体には、日付が入っておりませんが、
前後の絵を見ると、1957年に描かれたものらしいのですよね。
 
それだとちょうど「MYフレンド」の10年前。
 
 つまり、ミュータントモグラは、
デビュー時かそれ以前には存在していたキャラクターだったのでございます。
 
 そのときに、
すでにミュータントという名前がついていたかどうかは分かりませんが、
メタルーナミュータントが登場する『宇宙水爆戦』が1955年なんですよね。
 
 その時点で映画を見ていなかったとしても、
ミュータントという言葉と、その概念は知っていたはずだと思います。
 
 ですから、ミュータントのモグラということでこの形が生まれたのか、
それとも落書きでこんなモグラができあがって
後からミュータントのモグラということにしたのかは分かりませんが、
まあ、その当時からいたのでございますな。
 
 にしても、このころからミュータントモグラって毛が3本生えておりますよねぇ。
 となると、オバケのQ太郎が毛が3本なのも、
ミュータントモグラの影響ということになるのかも?
 
 あるいは逆にオバQが最初、
毛が3本じゃ無かったのはミュータントモグラの真似をしたくなかったとか?
 
 いずれにせよ、影響はございましょう。
 
《追記》
その『オバケのQ太郎』にも、ミュータントモグラほ発見いたしました。
(単なるモグラとしての登場ですが)

 しかも全身像が描かれている!

 見るんじゃなかった……、
 とおっしゃられる方もいるかも知れませんので、
 覚悟のあるかたのみでお願いいたします。

(→ミュータントモグラの全身像

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 この作品なども、本当に当時の映画にありそうですよね。「あかんべぇ天使」(石ノ森章太郎コレクション 初期少女マンガ傑作選」)
 
 この時代をよく、古き良き時代と書いてるものをみかけますが、
現実としてはそれほどいい時代とも思えません。
 
 ノスタルジックに語られるのは、
このようなドラマから受ける印象でございましょう。
あるいは、こうした物語が受け容れられた、
そのこと自体がいい時代だったと言えるかもしれません。
 
 
 ボロアパートを舞台とした市井の生活。
どの程度トキワ荘をモデルにしたかは存じませんが、
その日常のドラマがいいですよねぇ。
 
 石ノ森先生と申しますと、
ヒーローものをはじめとする派手な作品が目を引きますし、
このような作品は少ないので見過ごされがちですが、
日常をしっかりと描けるということがお分かりいただけましょう。
 
 日常を描けるからこそ、
派手な作品を描いても土台がしっかりとしているのでございましょうし、
後年の市井のを描いた時代劇につながっているのでございましょう。
 
 
 そしてこの作品、
なんと言っても、子犬を拾った女の子、ヤッコちゃんがかわいい。
 石ノ森先生の作品で、
このような幼い子供が主要人物として登場するのはめずらしいですが
(001とかは別ですよ、もちろん)、それは作品の内容によるのだと思います。
 
「昨日はもう来ない~」で書かれていたように、
先生自身は動物や子供の出てくるマンガも数多く手がけたかったようでございます。
 
 が、この時代以降、マンガの読者年齢はどんどん上がっていきましたし、
石ノ森先生に求められるものも違っていた。
 それでこうした、動物や子供を主人公にした作品が少ないのでしょう。
 後年は、このようなキャラクターを描けなくなった節もございますが。
 
 このヤッコちゃんと同じような幼い女の子を主人公にした作品に
いやんポコ」がございます(りぼん/1960他)。
 
いやんポコ
 
いやんポコ
 
 
 主人公のポコは一切喋らず、
まわりの人のセリフや簡単なキャプションを挟むだけの
ハーフサイレントといった作品で、
子供の動作や意味の分からない行動がかわいらしいコメディでございます。
 
 サイレントマンガを高く評価する方もおられますが、
映画と違って動きも(音楽も)なく、難しいものでございますよね。
 
 そのため空回りしたり無理矢理だったり……。
 第一、サイレント映画だって状況を説明するキャプションは出てまいります。
 それも無くしてしまうと、やはり厳しすぎる。
 そのような制約のために面白さを犠牲にするのは、
コメディにとって本末転倒と申すものでございます。
 
 この作品の場合、
ポコは喋らないというルールを守ることで、サイレントとしての雰囲気を維持し、
他のキャラクターのセリフを入れることで
マンガをサイレントにした場合の難しさを回避するとに成功していると存じます。
 
 ちょっと本題からずれましたな。
 
 さて。
 
 この作品、タイトルを「あかんべぇ天使」と申しますよね。
「天使」といえば、
石ノ森先生の実質的デビュー作が『二級天使』という作品なのは、
ファンならご存じのことと存じます。
 
 二級天使

 
「あかんべぇ天使」には、足の不自由な子犬が出てまいりますが、
それがこの作品のピントだと思うのですよね。
 
 つまりこれは、もう一つのピントの善行なのでございます。
 
 天使の神通力で解決するわけではないのですが、それがこの作品のいいところ。
 神通力は作品全体にほんわりとかかっているのでございます。
 
 ちなみに、もう一つの二級天使である「2級天使」(新・二級天使/1965)は、
コメディタッチの強い3品でございますが、この作品の主人公もヤッコちゃんで、
同じような髪型をしているのでございますな。
 ただし、年齢はもう少し上のようでございます。
 
 あと、作中にボクシングが出てくるマンガといたしましては、
ガタコン教室』というのがございます。
コメディで、あまり関係ない内容ですが、
連想で思いついたということはあるかもしれません。
学園とタイトルにはついているものの、
あまり学園ものっぽくない作品でございました。
と申しますか、石ノ森先生の学園ものらしい学園ものって、
ないような気が……。
 枠に収まりたくない……のかなぁ。


 また脱線してしまいましたな。
 
 「あかんべぇ天使」に戻りましょう。
 
 ラスト、夜空を飛行機が飛ぶ音で幕を閉じます。
幽霊少女』のラストでも、
木の葉の間を飛行機が飛ぶ音で物語を終わらせておりますが、
大切ななにかが遠い世界へ行く象徴が、この飛行機なのでございましょう。
 
 一抹の寂しさを感じさせる終わりでございます。
  

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 過去・現在・未来の三部構成

きりとばらとほしと
 吸血鬼となったリリという女性が主人公
(吸血鬼なので、時代を超えて生きられるのですな)
という共通点はあるものの、
 
各部は、オーストリア・日本・米国と場所もバラバラ
 
ジャンルも
古典的なホラー、ミステリー風サスペンス、そしてSFと、
 
それぞれ異なるという。実験的な作品ですな。
 
 ジャンルの違う5つの作品が同時進行で展開する
「そして……だれもいなくなった」
と双璧をなすと申してもよろしゅうございましょう。
 
 

 それぞれの部の冒頭には、
」「薔薇」「」に関連する詩が引用されております。
 この作品集に掲載されているものを見ると、
詩や音楽を起点としているものが多いですよね。
 
「青い月の夜」のイメージの1つは「くるみ割り人形」でしょうし、
「夜は千の目を持っている」は言わずもがな、
「龍神沼」でも「黒く声なく沼は眠れり」という詩が紹介されておりました。
(「龍神沼」の記事にも書いておきますがこの詩、ベェルレェヌの詩ではなくて、ピエエル・ゴオチェの「沼」という詩だそうでございます「茂りし林の奧深く 黒く声なく沼は眠れり」と「茂りし村」ではなく「茂りし林」が正しいのだとか。確かに、「茂りし村」では意味が通じませんものな。これ、石ノ森先生の字が汚かったため、読み間違えられたのかなぁ。今回の「コレクション」で直っていないことからすると、思いっきり村としか読めない字が書かれていたのかも知れませんが。でも、ポール・ヴェルレーヌの作だと勘違いしていたというのは分かる気がいたします。そして勘違いしたということは、記憶で書いているってことですよね。お気に入りの詩だったのでございましょう)
 
 少女マンガには叙情性を、叙情性には詩を、という事なのでございましょうか。
 
いずれにせよ、意識と教養の高さが感じられます。
 
 一部の「霧」は、作画的には点描の凄さを見せたかったのだと思います。
p.187の下のコマがそれでございますな。
他のコマは……時間が無かったのでございましょう。
最初のほうの馬車のシルエットなどはカケアミがデタラメですが、
最後の方では方向が統一されているあたり、
描いているうちに修正していったのでございましょう。
逆に申せば、すべて点描にしていないことや、
馬車のところを描き直していないことから、
締め切りがかなり迫っていたのでは、とも勘ぐれます。
 
 ストーリー的にはオーソドックス。
 最初の詩は、「きりとばらとほしと」という作品全体の
結末を暗示しておりますな。
 
 二部は、あなたの血を全部いただくという吸血鬼からの予告状を軸にした
ミステリ仕立ての物語にございます。
ネタバレをしてしまうと、
その予告状の主は当然リリさんではないのでございまして……。
 
 最後の薔薇が印象的。
 
「霧」と「薔薇」の章は、
「吸血鬼カーミラ」および、
その映画である『血と薔薇』に拠っているようでございますな。
 
 第二部で花火が出てくるのも、映画準拠でございます(出方は違いますが)
 吸血鬼が触れると薔薇が萎れるというのも、この作品からのようでございます。
 
 
 その目で見ると、表紙の女性も『血と薔薇』のミラルカに似ている気がいたします。
 
 薔薇のしおれ方は、この作品のほうが印象的でございますな。
 
 
 そして三部、「星」は未来の話。
 一応話はつながっているものの、
まったく別物と言えるほどテイストはがらりと変わります。
 
 SFで破滅テーマ。
 石ノ森先生の少年マンガによくある、強大な敵に挑んでいく物語でございます。
 
 そしてラスト、主人公がただ1人取りのこされる。
 
 人類滅亡とは限りませんが、
主人公が孤立無援となる話は、石ノ森先生の短編ではいくつかございます。
 
 例えば「護(まもる)」や
ラストがそれに似た『ジュン』の「想い出のジュン」、
それに「おれはだれだ!?」、
「狂犬」などもそれに含めてよろしゅうございましょう。
 
護
       「護」
 
想い出のジュン
          「想い出のジュン」
 

「ファンタジー編」「SF編」などでまとめるよりも、
そのテーマ、もしくは人類滅亡で一冊作った方が面白いんじゃないかと言うぐらいに。
 まぁ、タイトルが買う人の目を引きそうにないのが欠点ではございますが。
 でも、石ノ森先生の主人公が、終末に向けてどう挑んできたかを考えるのは、
『サイボーグ009』のラストを考えるにあたって、
興味深いことだと思うのでございますよね。

 
 細かいところを見ていきますと、
 
 登場する未来ガジェットがレトロフューチャーで面白い。
 登場する怪物が009ギリシャ神話編みたいでございますな。
 それに薬。
『仮面ライダー』の蝙蝠男でも、
吸血鬼に噛まれた人に対して血清が有効でございましたが、
ここでも薬によって、吸血鬼は人間に戻せる設定になっておりますな。
 まぁ、病気のようなものと考えれば、常識的な考えではございますが。
 
 
 各部のラストシーンは、
それぞれリリと「霧」「薔薇」「星」でまとめられており、統一感がございます。
本来、霧のところも大ゴマでやる予定だったんじゃないでしようか。
作者コメントを挟んだのは、吸血鬼ものをやる照れくささなのか、
ちょっと言い訳したかったのでございましょうな。
 
 
 さて、吸血鬼をテーマにした作品として石ノ森先生は
吸血」という短編も描いておられます。
 
 新聞記事から始まる時事をもとにした風の作品で、
最後に事件に関わった石ノ森氏の推理として、
吸血鬼に支配された超未来の地球が出てくるのでございますな。

 
 吸血  
 

 吸血
 
それが事件を説明する1つの仮説となっているのでございますが……。
 
 ラストは、ある作品と同じアイデアを使っております。
 
 なお、この作品の吸血鬼は、伝染能力はございません。
 

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西洋アンティーク・ボードゲーム西洋ボードゲーム
   19世紀に愛された遊びの世界』
    エイドリアン・セビル:著
    鎌倉僚介:訳
   "Vintage Board Games" by Adrian Seville 
 (日経ナショナルジオグラフィックス/2021/1)
 
 タイトルどおり、
19世紀のボードゲームを紹介した本にございます。
  

 ザッと見たかぎりでは、
p.128-9の『襲撃(アサルト)』というチェッカーのようなゲームや、
ふくろうのゲーム』の章であつかっているギャンブルゲーム以外の大部分は、
スゴロクのバリエーションのようでございますな。
 
 スゴロクと申しますと子供の遊びのように思われますし、
確かに子供を対象に作られたものも多いのですが、
マスの指示に「チップを○○枚払う」などもあり、
賭け事のように楽しまれていたものもあったようでございます。
 
 色々なタイプがございますが、
絵的に面白かったり美しかったりするものが多ございますな。
マスに描かれている絵はさし絵のようで、それだけで物語を感じさせてくれます。

 しかも、マスには番号がふってあるので、
何だかゲームブックを感じさせてくれるのですな。
 ボード自体の絵が鳥瞰図や地図になっているものなどは、
順路などにしたがって番号がふられていたりするため、
点つなぎのようにあっちこっちにマスが散らばっていて、
それがまたゲームブックを感じさせてくれるのでございます。
 
 ルールもチップを払うほかは、1回休みとかスタートに戻るなど、
スゴロクの域を出ないようでございますが、
それでもそれなりに面白いアイデアがございます。
 
 
 例えばこの『騎士のゲーム』。
 これなどは単純ながら戦闘ルールがあるのですな。
 
ボードゲーム 騎士のゲーム
 
 中央62の下に描かれた24のマスがそれで、
どちらか骸骨のマスに止まってしまった方が負けになるのだとか。
 
 19世紀にこのような戦闘ルールを含んだゲームがあったのか、
とワクワクした……のですが、
決戦をするのは62、ゴールに着いた1着と2着の2人のみ
つまり、まったくスゴロクの域を出ていないのですな。
 
 しかも1番手は2番手が到着するまで待たないとならないというあたり、
 なんとももっさりした感じ。
 ですが、
こうしたスゴロクはゲームブックのヒントになるのではございませんでしょうか。
 
 そうでなくても、変わったスゴロクを作りたい気にはさせてくれます。
 
 昨今は、さまざまなボードゲームが出ており、
スゴロクと申しますと時代遅れと思われるかもしれませんが、
それでも工夫次第で面白いものになると思います。
 
 第一、ルールが分かりやすいですしね。
 

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(上に書ききれなかったのでこちらへ)

 ちなみに、アイリッシュの『夜は千の目を持つ』は、

ヒロインの父親の死を予言した青年の言葉が、
本当に超常的な力なのか、それとも犯罪性のある企みなのか、
予言は成立してしまうのか、それとも阻止できるのか、

という謎で読者を引っ張るサスペンスでございます。
 
 予言などあるはずはない。
でも、それまでに成立した予言を考えると、
よほど綿密な計画と組織、それに偶然がなければ不可能としか考えられない。
 
 はたして、真相は──。
 
 といった感じですな。
 
 本文の2/5でしたか、かなりの部分をヒロインの独白が占め、
しかも彼女が1回だけ、ミス・リードって表記されるんですよね。

 そのため、叙述トリックもあるかな、って考えなければならないのが悩ましいところ。

 アイリッシュの作品でもございますし。

 捜査側は警察ですが、ボランティアみたいな立場で任に当たっております。
 
 その行動──と申しますか、途中のエピソードのほうかな、もう少し緊密な
感じがあった方が良いようにわたくしには思われました。
 
 事件と捜査が交互に展開するのですが、
そのせいか淡々とした印象を受けたのでございますよね。

 とは申せ、最後まで緊張感をもって読ませてくれる作品でした。
 
(もう少し書きたいのですが、結末に触れることになりますのでこの辺で)
  
 
 ちなみに、予言に出てきたライオンは、
早い段階でだいたいどこのものか分かりました。
 
 都筑道夫先生が書いておられたことで、
大して重要そうでもないところで、不必要なほど描写が細かい場合、
そこがあやしいっていうのがあるんですよね。
 この場合も、それに当てはまるかと存じます。

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 この作品などは、本当にそのまま映画になりそうです。夜は千の目を持っている
 元になった作品があったんじゃないか
と思うぐらいに映画的です。
 私もあまり映画見ていませんが、
当時の東宝や日活映画にありそうですよね。
 
 クライマックスの、街に歌声が響き渡る中、
ビルの一室では銃撃が行われ、
その室内に歌声が聞こえてきて……、
という展開は元がどこかにありそうで、
小骨が喉に引っかかった思いがします。
 
 というか、このパターンっていくつかありますよね、
ラジオから歌声が流れてきて改心するとか。
ゴジラ』の芹沢博士もその例でした。
 
 と言っても、、石ノ森先生のオリジナルであることは間違いありません。
続・マンガ家入門』に、構想メモが載っているので明らかです。
 
 夜は千の目を持っている 夜は千の目を持っている  

 この作品で重要な役割を果たす「夜は千の目を持っている」の詩も、
原詩で書いていますから、この詩から発想したのでしょうし、
作中の歌も石ノ森先生自身が訳されたものでしょう。
 
 この詩、とにかくイメージが広がりますよね。
 千の目と表現された星々。
 それに対して1つしかない心。
 でもその1つはすべてでもあり、それが失われればすべてが失われてしまう。
 
 冷静に考えると、昼の日が失われてすべてがなくなるんじゃ、
夜の立場はどうなるということになりますが、それはヤボというもの。
イメージの広がりを楽しむのです。
 
 
 千の目を持つというファンタスティックな比喩から、
予言や千里眼をイメージさせる詩でもありますね。
ウィリアム・アイリッシュの『夜は千の目を持つ』や
石ノ森先生の『千の目先生』などは、
そうした能力が設定の核になったお話です。
 
 
 ですが、この話は違います。
「夜は千の目を持っている」という詞(ことば)の空間的な広がりと、
「愛が終わりをつげたとき 命のすべての明かりも死んでしまう」という
ドラマチックなフレーズにインスピレーションを受け、
クライマックスのシーンが思い浮かんだのでしょう。
 
 最初はだから、クライマックスは星空だったのではないでしょうか。
この詩を元にしたということは、
星がすべてを見つめているというイメージがあったと思われます。
 
 メモでは「雪の日」とつけ足されていますから、
構想を考える段階でそうしたのでしょう。
(雪の日ということで、クリスマスの物語かなと思ったのですが、
 物語は1月9日の出来事なんですよね。掲載が正月増加号だからでしょう) 
 
 雪がクライマックスをドラマチックに盛り上げ、
ラストの一コマの星空が、すべてを見守っている。
 
 見事な構成だと思います。
 
 
 さて、「夜は千の目を持っている」の訳についてです。
 先ほど書いたとおり、石ノ森先生自身が訳されたものだと思いますが、
歌詞としてうまいと私は思います。
  
 ネット上にもこの詩の訳はいくつかありますが、
それらと比較しても優れているのではないでしようか。
 
 それほど難しい詩ではないので誰でもそれなりに訳せるでしょう。
それに、私が素晴らしいと思ったのは、
2連の冒頭、それを忠実には訳さないで1連と同じ
「夜は千の目を持っている」にしたことなのですね。
 
 訳というのは、原典に忠実なのが基本ですから、
そうではないものがそれよりもいいというのは、ずるいと思うかもしれません。
でもこの場合は、その判断がいいのです。
 
 この詩の訳で悩むのは、2連の最初の Mind です。
 単純に訳す場合には心でいいのですが、
そのあとに heart が来ているので、そうは訳せません。
 
 そこで辞書を調べてみると、理性とか知性とかいう言葉が出てくるんですよね。
 
 ならば、それを当てはめればいいかというと、そうではない気がします。
 
 意味はそれで通ずるもののこの場合、
千の知性や理性に対して1つの心というのは、
対比として合っていない気がします。
 
 heart は中心にあるものであり、1連で太陽にたとえられていますから、
魂であり、相手を思う本当の気持ちでしょう。
 
 だとすると、千のココロとは、瞬間瞬間で現われるさまざまな想い、
感情の揺れみたいなものではないかと思われます。
 
 想いは千々に乱れ、などという言葉がありますよね。
 
 そんなものが、この mind なのではないかと思うのです。
 
 mind という言葉を使ったのは、単に1連の night と韻を踏むためでしょう。
 
 だとすれば、知性とか理性とかとは訳さなくてもよくなります。
 
 では、どう訳せばいいか。
 想いでもいいと思うのですよね。
 でも心との対比として弱い。
 と言うか、心という単語が
日本では、中心にあるもの、魂としてのイメージが弱いため、
mind にどんな単語を持ってきても
対比としての意味があまり出ないのだと思います。
 
かといって解説してしまえば台無しですし、
heart を魂と訳すのも違う気がする。
第一、語呂が悪い。
 
 それに劇中出てくるのは、歌われるものとしての詞です。
それも考えると、やはり、1番の繰り返しである
「夜は千の目を持っている」にした判断は正しいな、と思うのです。
 
 
 
 最後に重箱の隅を。
 サンコミックス版では、名字に間違いがありました。
 平井加代子さんが土井加代子さんに、
 ひらいまことさんがうめみやまことさんに
 それぞれなっていたのですね。
 
 平井のほうは、おそらく石ノ森先生の書いた字が雑だったので
写植打つときに間違われたのでしょう。
 
 梅宮のほうは、主人公の女性が梅宮紀子なので、石ノ森先生が混乱したのでしょう。
 締め切りが迫っていて、チェックしなかったのかも?
 
 でも、単行本収録時にそのままっていうのは……。
 まぁ自分も、異同を見るまで気づきませんでしたけど。
 
 ちなみに『続・マンガ家入門』では、手直しされています。
初版はサンコミックス版のほうが後ですので
どの時点で直したのかは分かりませんが、
自分の持っているサンコミックス版は、
その手直しされたものよりも後の版なのですよね。
 
 うーむ。

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2021/04/02 『ゴジラ』のアニメは完全に寝ている時間なので
見ることができなかった。
アニメ『シャーマンキング』1話を見る。
こんな話だったのかぁ。
何しろ、GBAの『超占事略決3』しかやっていない。
阿弥陀丸って名前にはいきさつ無かったのか。
彼はもっとボスっぽい存在で、対決して仲間になるのかと思っていた。
ゲームだとりりしい顔しか見せていないから、コミカルな表情は想像していなかった。
 
 
 
2021/04/07
 『都会のトム&ソーヤ』ゲーム・ブック第3弾、
「ぼくたちの映画祭」6月2日発売予定。
作者は、はやみねかおる先生と藤浪智之先生にございますかぁ。
ゲームブック第2弾で終わりかと思っておりましたので、これはうれしい驚き。
「SF? ホラー? 恋愛映画?」
「自分しか撮れない映画を撮ってみてください」
なんて書いてあるということは、マルチエンディングかな? 
映画のパロディとか入っているのかな? 
いったん忘れて発売日に本屋さんで驚きたいところでございますが……
 
無理だなぁ。
 
 

2021/04/08 起承転結について」ようやく書き終えました。
右往左往しながらの文章なので、だらだらと長くなってしまってすみません。
結論もスパッとしたものではございませんし。
それは起承転結自体が悪いとも申せますが。
ホント、1日で簡単に済ませるつもりだったんだけどなぁ。
まぁ、わたくしとしては勉強になりました。
他の方に読んでいただく価値があるかはわかりませんが、
記事にしなかったらこんなに考えはしなかったので、
自分としては良しでございます。
時間のことを考えなければ、でございますが。
 
 
 
2021/04/16 日本で電子マネーが普及しないのは、
「いつもニコニコ現金払い」って言葉があるからじゃないかな。
 
 
 
2021/04/17 イチゴをスポーツドリンクで育てると
スポーツドリンク味になるそうでございます。
BS1の日本の農家を訪ねる番組で
農家の人がそんな失敗をしたとおっしゃっておりました。
 
イチゴを育ててる方は、色々な味の飲み物でぜひとも試してみてくださいな。
 
メロン味とかカレー味とか出来るかも?
……おいしいのか?
罰ゲームに使えるかも?

 
 
2021/04/18 弟切草ってチュンソフトのサウンドノベルが出た時は、
架空の植物だと思っておりましたし、実在することを知ったあとでも、
知らない花だと思っておりました。
が、カタカナで書かれたものを見て気がつきました。
「オトギリソウ」
この字面は見たことがある。
検索して花の写真を見ると、見たことある。
まぁ、似たような花は多そうなので、ホントにそうかは分かりませんが。
要するに、「オトギリソウ」という文字とかわいらしい花が、
「弟切草」という漢字とその由来に結びつかなかったのでございますな。
 
 
 
2021/04/22 「新型コロナ論文解読2」を見る。
NHKで
審査前論文の話題が多い。
コロナウィルスのワクチンは後遺症に対してもある程度効果があるらしい。
 
変異ウィルスにたいしてのワクチンの効果は弱いとはいえ、
十分な量を投与するため、それでも一定の効果は期待できるそうだ。
 
いずれにせよ、ウィルスの変異とワクチンの更新はいたちごっこになるようだ。
コロナは収束はしても終息とはならないのだろう。
その収束も、今年いっぱいは難しいみたいだ。
 
 
  
2021/04/23 きのう「所さん 大変ですよ」で、
プレミア価格のウィスキーをやっていたけれど、すごいね。
何百万とか何千万とか一億以上とか。
メーカーから買う場合にも競争が激しくて、
お金の他に作文審査がある場合もあるのだとか。
転売屋さん対策なんだろう。
あれ見てると、転売屋さんって中国の方が多いみたい。
すごいなぁ、
共産主義……じゃないなぁ全然。
プラモデルとかも転売の話聞くけど、
そのうち自分の作ったプラモの画像を添付して応募
ってことになるんじゃないかなぁ。
と思ったけど、そうなったら、そこら辺のツイッーーかなんかから写真を
コピペして送る人が絶対出てくるよね。
転売屋さんなら、それぐらいのこと普通にやるでしょう。
 
 
 

2021/04/25 きのう静岡市街へ行って、
近場の本屋さんでは買えなそうな本を中心に調達。
買う段になって初めて、
トロール牙峠戦争』を間違えて覚えていた事に気づく。
峠という字は認識していたにもかかわらず、
「トロール牙戦争」と読んでいた……。
 峠は国字なので音読みがない。
だから「とろーるきばとうげせんそう」と読むしかないけれど、
ちょっと語呂が悪いよね。
 
 ところで「とろーるきばとうげ」と打ったら、
ATOKの変換候補で「トロール牙峠《駅名》」と出てきたんだが……。
実在の地名にはないよね?(今打ったら、もう出てきませんでした)
 
 
 
2021/04/26 「GMウォーロック vol.1」、
こあらだまり先生のFF紹介記事
ファイティング・ファンタジーとは」(p.010)。
ゲームブックの文章の例で
 
「02 司祭は助走をつけてきみを殴った。(中略)。
 拳には剣で対抗するしかない。(中略)。
 敗北したらきみは神の元に召され冒険は終了する」
 
ってあるけど、
司祭に剣で斬りかかって天国なんか行けるのか、地獄行きだろ
って思ったけれど、
多神教の世界で違う神を信仰しているのだったら別に問題ないなぁ。
ファンタジー、
特にファイティングファンタジーは悪神に仕える司祭が普通にいるんだし。
 
 でも司祭って、なんかひらひらした重い服を着ている印象があるから、
助走をつけて殴りかかってくるイメージないなぁ。
 ……。
蛮族の司祭ならあるか──。
 
 でも、蛮族の司祭っていうのも、
ファイティング・ファンタジーっぼいイメージだよね。
 ゲームブックの説明の段階で、
すでにファイティング・ファンタジーについて
知っている人に向けて書いているような。
 
 まぁ実際、そういう人しか読んでいないだろうからいいんだけれど。
 
 
2021/04/28 「龍神沼」の記事、ようやく書く終えました~。
わたくしの冗長文体で書いていたら、
スパゲッティのようにこんがらがることこんがらがること。
結局、ご主人さまの文体に委ねることに──。
それにしても、書きたいことがどんどん溜まっていくなー。
 
 
 
2021/04/29 前方後円墳って、
絵で描くと円のほうが上で方が下ですよね。
なぜだろ? 字は方のほうが先に来ているのに……と思ったのでございますが、
あれ、円のほうが主役なので、上で当然なのでございますな。
鍵穴とか人の形みたいで見ていて安定感があるせいかなぁ、
などと考えてしまいました。
 
 
 
2021/04/30 4月24日、菊池俊輔先生がご逝去なされていたそうでございますな。
ウィキペディアを見ますと……、いやぁ、作風広いなぁ。
けっこう色々なところでお名前を目にしておりましたが、これほどとは。
と申しますか、
ドラえもんの音楽やっていたなんて存じ上げませんでしたよ~。
でも、そっちから知った方も多いのでしょうなぁ。

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