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017/12/17 ゲームブッククイズ(5) タイムマシン・アドベンチャー3『ムサシの剣』スティーヴ・ペリー、マイケル・リーヴス著/  田村源二(昭和60年6月 二見書房)。ホウゾウイン(宝蔵院)からキョウ(京)に向かう途中で出会う、盲人の按摩の名前は?


「奇想天外」21世紀版 アンソロジー 山口雅也編著


 2017/10 南運堂


 


「復刻版」のほうは、あるものをまとめるので、それ以上のものは出来ないのですが、
21世紀版のほうは、
山口雅也先生が方針を決めて、一から作っているわけでございますから、
当然、その個性が色濃く出たものとなっております。
……。いや違いますな。
「同人誌活動的な企画を念頭に置いて編纂した」(p.3)
と書かれておりますとおり、もっと穏当な作りも出来たはずですのに、あえて個性を強く打ち出したものとなっております。その方が、新しい時代の「奇想天外」にふさわしいという判断なのでございましょう。
 読者といたしましては、そんなの要らないと思いますのに、編者の趣味のおもむくまま、映画やビートルズのベストテンなんてものも載っておりますな。分厚いのにもかかわらず、お得感がうすい……。買おうかどうか迷ったのも、そのあたりにあったりいたします。


まぁ、あれば読みますが。


 


 それはさておき。


 この本における、興味と申しますと、やはり、p.435。

「鼎談 ミステリーゲームを遊ぼう」 我孫子武丸×山口雅也×遊井かなめ


 でございましょう。


 
山口雅也先生と申せば、ゲームブック『13人目の名探偵』の著者。ここでも、他でもゲームブックに興味はないと申しておりますが、文学の可能性みたいなものには興味をお持ちのようで、ボルヘスの『八股の園』にはいくつかの作品で言及しておられますし(うろ覚えではございますが『生ける屍の死』と『奇偶』にはあった気が)、『謎(リドル)の謎(ミステリ)そのほかの謎(リドル)』というリドル小説の短編集なども出しております。


 


 この鼎談でも、ミステリーゲームを中心に、『ドラクエ』や『Pokemon Go』などにも触れながら、ゲームにおける、ミステリーの可能性について語っておられます。


 ただ……。ざっくりとしていたり、断定的だったりして、それほど深いところまで踏み込んでいないのが残念ですな。


 ゲーム、特にミステリーを含むゲームともなれば、長いものも多く、お三方全員がプレイしているものも少ないようで、仕方がないのかもしれません。何か、山口先生は聞き役に回っていることが多いみたい。『逆転裁判』とかも聞き役に回っているけれど、ホントにやっていないのかなぁ。


 とは申せ、実作家の視点ゆえ、いろいろと示唆的な部分があるのは確かでございます。


 それらをゲームブックにフィードバックできるか、とかいう話は別として、物語の可能性、新しいかたちを考えてみることは、楽しいことだと存じます。


 


 あと読むべきは、

「鼎談『あなたも作家になれるかもしれない といえないこともない』」
                                              有栖川有栖×北村薫×山口雅也

でございますかね。



 子供の時分の作文の話にはじまって、作品を制作するにあたっての心構えなどが語られております。


 でもこう言うのって、読むと分かった気になっちゃったりするのですよね。
「なるほど」と思って、そのままになっちゃうとか……。



 えっ、そういうのってわたくしだけ??!


 


 そんなわけで、興味のあるかたは、お読みになってくださいませ。


               というわけで、じゃあねぇ~!


                     ば~い


                       道化の真実


 


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「奇想天外」復刻版 アンソロジー 山口雅也編著
 2017/10 南運堂


たまたま本屋に立ち寄りましたら、この雑誌形態の本が目にとまったのでございます。
21世紀版とあわせて、2冊で4100円ほど。
どうしようかと、ぱらぱらめくり、結局ここで書くために買ってしまいました。
 ブログなんかやっていなかったら、買っておりませんでしたでしょう。まったく、ブログと申すは、無駄遣いの元でございますな。
「復刻版」・「21世紀版」で、読むべきところは、それぞれ一つ。
 「復刻版」のほうは、


    「第一回 奇想天外 SF新人賞 選考座談会」
               選考委員:星新一
                    小松左京
                    筒井康隆
               
この新井素子先生の「あたしの中の……」に対する評価は、やはり
必見でございましょう。ここからライトノベルは始まったと申してもいい
(つまり、それ以前はジュブナイルということで)。
「あたしの中の……」に対して評されていることは、


・テンポが良い
・人物が新聞記者や刑事とは思えない描き方なんだなぁ。口のきき方からなにから。
・マンガの吹き出し的なセリフ。
・くだらんおしゃべり自体が面白くて作品が生きている。
・伏線があり、ユーモアがあり、サスペンスありで、構成に破綻がない。
・ストーリー作りがうまい。
・少女劇画のストーリーライターになるつもりならこれでもいいと思うけど。
・こういう殴り書きみたいなやり方で小説を書き始めるのは疑問がある。
 etc……


 好評価は、だいたい星先生、そうじゃないのは、小松先生か筒井先生ということで。
 これらの発言を見るだけでもおわかりでしょう。
 この後に続くライトノベルの評価がすべてここで言い表されております。
 要するに、このような小説は、これ以前にはまず存在せず(か、評価の対象外だった)、
ここから、一つのジャンルを形成したということでございますな。
 くわえて申しますれば、ライトノベルを書くかたは、ここに書かれた好評価の部分に留意して書かなければならないということでございましょう。もちろん、ライトノベル自体、変化してきておりますでしょうが(これ、1978年の2月号。選考が行われたのは1977年の12月5日ですからねぇ……)、基本として心得ていてよいことだと存じます。

 対談を読んで、小松先生・筒井先生に先見性がなかったと早合点するかたもおられるかもしれませんが、そういうことではございますまい。SF・文学・そして「奇想天外」という雑誌、賞を与えるということ、などからすれば、正しい判断をしておられましょう(両先生と星先生に違いがあったとすれば、SFに対する立ち位置とか、そんなものではないかと思います)。
『スターウォーズ』(1977年5月25日/米国・1978年7月1日/日本公開だそうでございます)以降などと申しますが、小説・映画といったジャンルにとどまらず、世の中全体が、70年代のテーマ性が重んじられた時代から、よりエンターテイメントな時代へと移り変わっていったのですな。
ライトノベルもその波の大きな流れの一脈を担っていたというわけでございます。


言うまでもないことではございますが、ホントのヒットというのは、いま何がウケてるとかからは生まれないということでございますな。要は、自分が描きたいものを表現できる方法でやっていけばいいということでございますが、それが時代の流れに乗るかといえば、恐ろしく難しいことで……。まぁ、大ヒットなどというものは、滅多に出るものではございませんから当然なのではございますが……。
 それでも、どんな作品を制作するにしても、基礎的な実力というものはやはり必要ですな。それがないと、時代性がうんぬんの前に、箸にも棒にも引っかからないという……。いやぁ、耳にイタい、イタい。



 そんなわけで、新井素子先生の「あたしの中の……」も、どこかで見つけることが出来たら、読んでみてくださいな。再読したとき、最初のサスペンスフルな描写と展開に、びっくりしました。とくに、雑誌(古本屋さんで買ったのですが)掲載時のイラストは、山岡淳二先生のおどろおどろしいペン画だったので、よけいにそれを感じたのでございます。


 そのころのインタビューで「ウルフガイ」シリーズのファンだとおっしゃっておりますが、そう言われて読むと、たしかに、序盤はその影響を受けているような気がいたしますな。「ウルフガイ」の主人公を一人称が「あたし」の女の子にしたという感じは確かにございます。
 あとは、……今読みますと、70年代的な原爆とか戦争とかいうテーマ的な要素は逆に要らない……というか、さらっと流したほうがよいような感じもいたします。
 
 というわけで、次回は21世紀版のほうを……。

奇想天外」2月特大号 (1978年2月 奇想天外社)
p.138-165


第一回 奇想天外SF新人賞 佳作受賞作品。

 ちなみにこの回の入選作は、ナシ。

佳作は

「あたしの中の…」        新井素子

「カッチン」             大和真也

「ぼくの思い出がほんとうなら」 藤原金象

「ローレライの星」         美作知男

「スタンピード!」          山本弘


 新井素子先生のデビュー作。
 ライトノベルの嚆矢とでもいえる作品。
といっていいだろう。

「ライトノベル完全読本」 (2004/8 日経BB)
p.65「ライトノベル30年史」三村美衣
……
だと、1974年を起点として、胎動期から書いているために、
軸がぼけているな。

え~と、
「SFマガジン」2003年7月号(2003/5/25 早川書房) の

「表現とリアリズムの変遷--ライトノベル25年史」三村美衣(p.29)では、

ライトノベルの歴史を1977年からとし、
高千穂遙と新井素子をその例として挙げている。
(ただし、1977年といっても、両方とも末のことだ)

 1978年になると、

栗本薫が『ぼくらの時代』で登場する。
映画『スターウォーズ』が日本に上陸。
TVゲーム『スペースインベーダー』がブームとなり、
アニメ雑誌が続々と刊行される。

1979年には、

アニメでは
『機動戦士ガンダム』
『ルパンⅢ世 カリオストロの城』
 マンガでは、
『うる星やつら』
『キン肉マン』
などが登場する。

(「ライトノベル完全読本」p.70-71参照) 
このあたりで文化が大きく動いているのがわかるだろう。

 というわけで、
『あたしの中の…』について。

 読み返してみて驚いたのは出だし。
 もっと軽い調子で始まるかと思ったら、
意外とサスペンフルだった。
 イラストも不気味な感じで、
あれ? こんな話だっけ? 
と、違和感ありまくり。
 それが、
章を新たにするごとに話がどんどん転がり転がり
ラストではあの、
シュールというかコミカルというか、
新井素子ワールドとしかいえないオチ
へともつれ込む。

 もう、最初の部分と比べると、なにこれ、って感じなのだ。
 とにかく話の転がり方がすごい
 何の前知識もなしで読めば、驚くこと必至だろう。


 雑誌掲載版をここで取り上げるのは、もちろん、
このときの選評

「新人賞選考座談会」
   選考委員:星新一/小松左京/筒井康隆(p.122-136)

が有意味だからだ。

 よく知られている話だと思うが、
ここで
星新一先生はこの作品を新人賞候補の筆頭として推し、
小松左京先生と筒井康隆先生がそれを否とする。

 先生が推したのは、
独特な文体と二転・三転するストーリーであり

ほかのお二方は、
ストーリーについては認めたものの、
文体については女子高生の書く普通の文章だとむしろ否定し、
そのほかにもいろいろと挙げて、
この作品を大賞とするのを否定する。

 ただそうした否定要素というのは、
これを大賞とするのはどうか
という考えが先にたっての発言に思える。

「奇想天外」の第一回新人賞を受賞するにふさわしくないだろう、
という考えが無意識に働いての否定的な意見だと思うのだ。

 では、新井素子先生を見出せなかった、
小松左京先生や筒井康隆先生のセンスが古くて、
星新一先生は新しかったのかというと、
そういう話でもない。

 ただ、
お二方は、
SFの入門書を書いたり
SFに対する自論を展開したりしていて、
SFに対して一家言あった
のに対し、

星先生のほうは、
SFというよりも
むしろストーリーの構築というものに対して興味があった

ということなのではないかと思う。

 そうした興味の方向性の違い が、
この選評の違いとなっているのだ、おそらく

(さらに突っ込んだ見方をすれば、
この選評の違いは、
「奇想天外」という雑誌をどう見るか
もっといえば、この雑誌のその後をどうするか、
に関わることだとさえいえる。
つまり、みずから謳っている「SF専門誌」としての方向なのか、
「奇想天外」というタイトルどおり、
SFというよりも、奇妙な話、不思議な話、面白い話といったものを強調した路線で行くのか
の分かれ目ということだ。
まあ、これは、うがった見方でしかないとは思うが)

『あたしの中の』という作品は、
テーマ性がおそらくない。
わたくしの読みが浅いのでなければ、とにかくない。

 戦争や人間の攻撃性について触れられるものの、
テーマという扱いではないだろう。
 強いていえば、面白さがテーマという感じか――。

 そうした作品がコンテスト、
しかも「第一回」の
「奇想天外SF新人賞」の代表とすることに対して、
お二方は忍びなかったのだろう。

 サスペンスのあり方とか、いろいろと言っているが、
実はテーマ性のなさに引っかかりを感じているのだと思うのだ。

 そして、この作品に対する選評というのが、
後のライトノベルの登場を暗示しているというか、
それらに対する評になっている。

 つまり、
それまでの小説、特にSFでは、

(1)にテーマやメッセージ性
であり、
(2)がストーリー性、面白さ

だったのが、
ライトノベルになって、
その関係が逆転したということだ。

 この逆転現象は、
もちろん新井素子の作品の影響というわけではない。
(少しはあるかもしれないが)

『スター・ウォーズ』のように、
テーマ性よりも娯楽性を重視したSF映画のブーム、
アニメブームによるマンガやアニメのノベライズが、
小説のジャンルとして現れたこと、
テレビゲームの登場、
70年代と80年代の気風の違い、

などというものが、
テーマ性よりも面白さ優先に流れを変えていったのだろう。

 これはライトノベルに限ったことではない。
 文化が、そして社会が、
規範的なテーマ性よりも、
自由な面白さを求めていった時代だったのだ。



 さてさて、道化の真実にございます。

 ところで、
 山本弘先生の「スタンピード」という作品が気になる方もおられましょう。
  わたくしも気になります。

 ですが、それが掲載されたのは、この次の号。
 それは、ご主人さま、持ってないのでございます。

 だって、
 奇想天外のこの号を古本屋さんで見つけたときは、
新井素子先生は人気でしたけれども、
山本弘先生についてはまだ存じておりませんでしたものな。
 山本先生には悪いですけど、仕方のないことでございます。
 

ライトノベル・雑記


ミハエル暁さまのブログ
「暁に、死す!!」 
(以下略・あまり意味ないもん!)
2009年07月18日の記事

木村航「ミラクルチロル44キロ」コミカライズ!

http://goldendawn.seesaa.net/article/123738293.html

で知ったのでございますが、マンガ化されるそうでございますな。

 掲載誌は……。
 ミハエル様のブログからたどってみてくださいな。

 う~~~~~~~~~む。

 確かに、属性だけをとりだして、それをもとにキャラクターを起こしていけば、
オトメな作品になりそうですなぁ。
(ミノウエさんなんか、外見変わりそうな予感)
  主人公の女の子の独白(どくはく)で展開するのも少女マンガ的。

 ただ、その裡(うち)にある木村航先生の骨太な部分がどうなるか?

『ぺとぺとさん』もそうでしたでしょう?
 イラストにつられて読んでみると、
ふんわりとしたマシュマロの中は、
意外と歯ごたえのある――なんだろ? 無難にクッキーとしておきましょうか――
だったという……。

 でも、大丈夫かな。
 それもでございますから。

 などと書いていて、ようやくわかりました、わたくしの書きたいことが。

 つまりは、このような特定の方しか手に取らない雑誌ではなく、
もっと多くの人が手にとりそうな雑誌だったらな、ということでございます。

 それは、多くの人の一致する意見なのではございませんでしょうか?

 それと気になるのは、チョコレートのこと。

 連載はやはり、2月、もしくはそれに該当する号までなのか。
 9月からで隔月刊ですと、11、1の3回かな?
 それだと、全部は描ききれないのでは?
 もしかすると、その次の年のバレンタインデーまで
 いや、まさか。

ですとか、

 チロルチョコはこの雑誌に広告を載せるのだろうか?
 その場合、つぼみさまがチロルチョコを持ってニッコリ、
などというコラボがありえるのか?

 オリジナルチロルチョコの、全員プレゼントはあるのか?
 それとも、作品にあわせて40キログラム分、4000個なのか?
 いや、郵送費とか考えると雑誌に付録としてつけたほうが早いのか?
 しかし雑誌の場合、どんな過程を経、どんな扱われ方をして読者に届くかわからない。
 食品は危険だ。
 となると、チロルチョコレート型携帯ストラップあたりが無難なのでは?

 など、さまざまなことが思い浮かびます。

 まぁ、いづれにいたしましても、わたくしも単行本待ちでございますか。

 連載が長く続くとよろしいですな。

追記:

「本の雑誌」2009 5 草むしり早弁号(本の雑誌社)

特集=二〇〇九年、私の(秘)(原文は○のなかに秘)新作! で、

木村航先生が何か書いておりましたので(p.16) 
このことについても実は書いていたのかな? 
と思って図書館で見てみたのでございますが、
残念ながらございませんでしたな。

 名前が出てきたのは、

茗荷谷甚六名義のアダルトゲーム
『Forest』(ライアーソフト)

のみ。あとは、

文芸書の新企画を準備中。
ライトノベルは、4~5レーベルで新作がでる予定で、それに忙殺されている。
 ただし、この業界は不人気打ち切りがフツーですので……

 とのことでございました。
 

『いぬかみっ! Exわんっ!』
有沢まみず イラスト/松沢まり (2007/9 電撃文庫)

p.11-102



 ついでなので、 引き続き、第一章のほうについても書いておきましょう。
う~む、ライトノベルの最初は
新井素子先生の「あたしの中の……」
にしようと思っていたんですが。
 まあ、あまりこだわっていると何も書けなくなるので、
順序や形式は気にしないことにいたします。

 というわけで、「襲来! 赤道時子」でございますが、

読んでいるうちは、どうなることかと話の行方を追っていたのでございますが、
読後思い出してみますと、意外にオーソドックスな展開でございました。

 どんな感じかと申しますと、
(ネタバレが嫌いなかたは、以下の文章を読む前に、作品を読んでくださいませ)

 主人公のもとに、小学校低学年のときに結婚の約束をしたという
赤道時子さまが押しかけてきます。

 その結婚の誓いというのは、
まあ予想がつくでしょうが、子供時分のことですし、
そのあと彼女はすぐに転校していってしまいましたし、
要するに赤道さまのほとんど一方的な思い込みなのでございますが、
思い込みの強い彼女のこと、強引にことをすすめようとするわけですな。

 で、啓太さまの犬神であり、恋人(といっていいよね)である
ようこさま(犬神ではなく実は妖狐だったりするのですが)
と対立するわけでございます。

『うる星やつら』で申しますと、
ラムとしのぶが、
諸星あたるをめぐって全面対決
という感じですかね。

 ようこが火炎使い、
時子が巨大なハンマーをふり回すあたりも、
『うる星やつら』の二人と似た感じが……
(まぁ、他の技もあるのですけどね)

 直接対決ではアパートごと壊れてしまう!
 そう確信した啓太は、どちらが自分の嫁としてふさわしいか、
テストして決めるとふたりに申しわたします。

 まずは、料理対決
 結果は……。
 ……。
 パターンどおりと申せば、
まあ予想がつきますな。

 啓太の作ったものが一番おいしいということに。

 それではと、

犬神つかいの本業である、邪霊退治のアシスタントとして
どちらがより役に立つかで判断しようと、
実際に、二人を
現場である洋館に連れて行くのでございますが。

 二人が対抗心むき出しに力を振るいあったために、
恐ろしいことにあいなりまする。

 邪霊たちは許しを乞うて逃げ惑い、
それを二人が狂気の笑みで追いかけ……。

 邪霊は退治できたものの、
二人のありあまるエネルギーは啓太に向かい、
彼女たちはふたたび一触即発に――。

 とここで、調停者の登場でございます。

 オーバーロード、水戸黄門の印籠、デウス・エキス・マキーナ、
何と呼んでもよろしゅうございますが、

 時子さまのお母君
微笑みながら圧倒的な力でこの場をおさめます。

 彼女には逆らえず、
 結局、時子とようこは座禅をさせられるはめに――。

 というわけで
わかりますでしょうか。
 この種の話としては、一つの典型でございますな。
 
 ただし、そのオーソドックスな展開をちゃんと読ませてしまうあたりは、作者の力量だと存じます。

 特に、キャラクターの暴走っぷりが良いですな。
 前書きで、

(流れが変わってしまったため、本編では出せなくなってしまったけれど)
「時子は自分が創作してきた女の子の中でも一、二を争うくらい気にいってます」

と書いているだけのことはございます。

 というわけで、しっかりと楽しい作品でございました。

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