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『七つの大罪ゲーブック<豚の帽子>亭の七つの大冒険』買いました!

藤子・F・不二雄大全集

藤子・F・不二雄
藤子不二雄(A) 著
小学館 2009/7

 




 オ~ボケなんだ
 オ~ボケなんだ
 オ~ボケなんだけれど~


というわけで買ってまいりましたよ~。

藤子・F・不二雄大全集版の
『オバケのQ太郎』[1]。

編集方式が読者に優しいですな

掲載誌別

しかも学年誌に関しては、

小学生のころ自分の読んだところだけ読めるようにと、
学年繰り上がり方式
を採用しているのだそうで。

  まっ、その方式はともかくとして、 ご主人さまは、
少年サンデー版だけ読みたかったので、
この配慮は大変うれしかったとのこと。


『オバケのQ太郎』は、
読んだこと、もしくは見たことがある方ならわかると思いますが、
『ドラえもん』とは全く異なります。

『ドラえもん』が、基本的に

のび太がボケ、ドラえもんがツッコミなのに対し、

『オバケのQ太郎』は、

オバQがボケで、正太がツッコミですかな、役割としては。

 ドラえもんは友達であるとともに保護者的な部分も持ち合わせておりますが

オバQと正太の関係は対等…。

そのため、
ドラえもんに比べオバQの方が、
独立独歩な感じがいたします。

 あと申すまでもございませんが、
のび太は消極的で正太は積極的。

 オバQは、
失敗してもあまり気にしない、
憎めないおおらかさがございますな。

 人物構成について申しますれば、
あとからできた『ドラえもん』の方がまとまっておりますな。

 オバQの方は、最初からいるのはゴジラぐらい。
あとの友達は固定されていないのですな。
 友達との関わりの重要性と申すのは、
この作品などで徐々に気づき始めたのでございましょう。

 作品的には、このあたり、
まとまっていなくて、と申したらよろしいでしょうか? 
けっこう楽しい

 コロコロコミックに載ったものなども読んでみたのでございますが、
あとで描かれた作品は、
コマ割りも『ドラえもん』のように落ち着いて、
キャラクターも安定している分、
作品的にも落ち着いた感がするのでございますな。

 その点、このあたりは、
まだまとまりがなくて、
破天荒な感じがいいのでございます。

 特に、「初期9作品」と書かれている、
連載が一度打ち切られる前の作品が、
それ以降の作品と違って面白い。


『二人で少年漫画ばかり描いてきた 戦後児童漫画史』
(藤子不二雄 文春文庫 1980/9 初出:昭和52年)によりますと、

p.232 スタゼロ雑誌部としては少年マガジンの『わかとの』で手がいっぱいだったので、今度はやむなく藤子不二雄個人で描くことにした。別に個人名義にしたからというわけではないが、再開後の『オバQ』は前回にくらべて丁寧に描いた。

とありますから、つまり
その前は「藤子不二雄とスタジオゼロ」名義だったというわけでございますな。
 その「~スタジオゼロ」名義のあたりが、その後の『オバQ』とは違うのでございます。
 
 当時「週刊少年サンデー」誌は、
赤塚不二夫先生の『おそ松くん』がギャグの看板として存在していたのだそうですが、

 連載再開後はその、

「奇人変人・狂童怪童が入り乱れてのナンセンスな大混戦のオカシサ」や、
「奇抜な言葉とギャグを機関銃のように乱射する」
といった特徴を意識し、それに対して、

「普通の子供たち」と「ごく日常的な事件」、
「ふつうの言葉をしゃべり、ギャグにしたってノンビリ、オットリムード」
にしたのだそうでございます。

「赤塚不二夫と藤子不二雄との個性、本質の違いからくるものだが、
これなら両立、共存はできる……と思った。」(以上p.232-233)
ということで。

 逆に申しますと、連載再開前のほうは、
『おそ松くん』に影響されて藤子作品らしくないドタバタな感じになってしまった、
ということなのでございましょうな。

 実際、それ以降の『オバQ』では見られないスラップスティックなギャグがあったりいたします。

でも、それがいいのでございます。

と申しますか、このあたり、スタジオゼロ作品ということで、
かなりそのメンバーの手が入っていたのではないか
と思うのでございます。

 特に2話の石ノ森章太郎先生の当時の自画キャラがたくさん出てくる
「まとめてめんどうみてよ!!」は、

(同じキャラクターが何人も出てくるというところが
『おそ松くん』に影響されたのかもという気がするのはともかくとして)

アイデア・作画ともにかなり石ノ森先生が加わっているのではないか
と思うのでございます。

 だいたい1話が完成したのは、 「〆切りギリギリ」(p.230)だったそうですし、
週刊連載でございますからな、
2話目もかなり切羽詰った状況で描かれたもの だと、
想像に難(かた)くはございませぬ。

 ですから、手の早い石ノ森先生が多くかかわったということは、充分に考えられることでございます。

 また、
「この仕事を僕たちは、スタゼロ雑誌部のためのピンチヒッターと思っていたので、そう期待をしていなかった」 (p.230)
ので、当初
「『オバQ』にアンマリ力を入れていなかった」(同、1行前)
との記述にも、それを感じますな。

 で、ご主人さまは、石ノ森章太郎先生のファンでございますから、
そういうスタジオゼロ作品としての部分が読みたかったのだと申すのでございます。

 ご主人さまは、虫コミックス版の『オバケのQ太郎』の9巻だけ
持っているのでございますが。

 その中に、「超能力入門の巻」という作品が収められているのですな。

 で、その作中作として、 「ぼくはエスパー」石林正太郎作 というのが登場するのでございますが、
そのキャラクターが完全に石ノ森先生の『ミュータントサブ』なのでございます。

 その作品を偶然どこかで目にしたので、後で古本屋さんで見つけたときに買ったみたいでございますが、

 一番最初に読んだときは、ご主人さま、

 藤子不二雄先生って、いつもはあんな絵を描いているけど、他人の絵も描けるんだ。

と、素直に感心したとか。
いや、少しは疑念を挟んだみたいでけどね。

 今にして思えば、石ノ森先生が描いているわけですな。

 道理で似ているわけでございます。

 さらに若いみぎり、はじめてマンガに接せられたころには、

藤子作品や石ノ森作品の脇役・端役に同じようなキャラクターがいること、
 それに手塚先生が、スターシステムで、同じキャラクターをいくつもの作品で登場させていたこと。
 さらに、手塚フォロワーの先生方も、
手塚先生のキャラクターに似たキャラクターを脇役・端役で使っていたこと、などから、

 脇役・端役のキャラクターは、みんなで使っているんだ。

 などと思っていたということ。
 その当時はそのような言葉は知りませんでしたか、共有ということですな。

 実際にそのような側面がないではございませんが、

ウィキペディアやファンサイトによりますと、

『オバケのQ太郎』の場合は、脇キャラを石ノ森先生がお描きになっている
そうでございますから、

そういう印象が特に強いのも当然ということでございます。

 で、やはり、そうした
藤子不二雄先生以外の方が描いた部分を探すのが、
この作品の楽しみの一つ
 と申せましょう。

 それにしても、Qちゃんが動物語をしゃべれるとか、意外に怪力
だという設定などは忘れておりました。


 あと、この巻で印象に残ったのは、

p.91 「名画を描こう」

5コマ目 Q太郎の中身下半分が見えますが、
     どことなくドラえもんに似ている……!


p.166 「オバケットに協力しよう!」

     タケコプターの前身とでもいうべきギャグが……。


p.304 「正ちゃんは名選手」

4コマ目 『ドカベン』の殿馬の秘打、
     「白鳥の湖」の前身がここに……。
     っていうことでいいのか?

     この話では、草野球の実況と解説の子供と
     プロ野球の実況と解説が、年が違うだけで
     顔は同じというギャグをやっておりますな。

     それにしても、Qキャッチング能力のすごいこと。
     プロの投球をホームランにするということは、
     まず、そのピッチャーの投げた球を、
     捕らなければならないのですから……。

 というあたりでございますか。

 それにしても、
後発であったために藤子・F・不二雄先生の作品集は立派なものになってしまって。
 藤子不二雄(A)先生のものも同じような装丁で出さないと釣り合いが取れないのでは? 
と余計な心配をしてしまいます。
 

 いずれにせよ、
これで『オバケのQ太郎』何度目かの再アニメ化への道も期待が開けると申すもの。

 いまの時代にどういう作品になるかはわかりませんが、楽しみでございます。  




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 安彦良和
 原案:矢立肇・富野由悠季
 メカニックデザイン:大河原邦男
2009/6 角川書店 KADOKAWA COMICS A


  このマンガでは、原作アニメでは描ききれなかった、
あるいは制作者側も当時は明確には捉(とら)えきっていなかった
キャラクター――特に主人公でございますな――の心の動きをていねいに描き、
主にそれをはっきりとさせるために、
ストーリーや描写の変更を行なっている部分が多々ございます。

 それがこの作品の特徴であり、意義でもございますな。

 アムロ・レイ少年自身の性格に関してもそうでございまして、
アニメ版よりも精神的にはじめから強く設定されているような気がいたします。

 原作の‘根の暗いパソコン少年’
(当時と申しますか、注目されはじめてからの評)から、
もう少し普通の少年に変更されているのでございますな。

 アニメでは、いつ戦場を去ってもおかしくない少年が、いつの間にか一線で活躍している感じでございましたが、
その流れを、最初の軸を少し上向けることにより、より自然な流れにしているわけでございます。

 さらに各エピソードをていねいに描くことにより、
アムロ少年の心の揺れをより深く描き、彼が一人前に成長していく様を
わかりやすくしているというわけでございます。

 そのような流れの中で、この巻前半は、まあ、停滞期

 マグネットコーティングの実装とメインテナンスのために
出撃ができないで焦れるアムロを描いております。

 このマグネットコーティングのエピソードでございますが、
実は原作のアニメではソロモン戦のあとなのですな。

 改造を行なうモスク・ハン博士も、
アニメでは無個性な二枚目風だったのでございますが、
マンガでは、大柄でハッキリとものをいう人間に変更されております。

 変更の理由は申すまでもございません。
 出撃をあせるアムロと対立させて、
アムロの焦燥を強調するエピソードとしているのでございますな。

 ここでのアムロは、以前の、戦争から逃げ出したいアムロではございません。
 イライラの原因は、ガンダムが使えないために、戦いに出れないことなのでございます。

「戦いたくて戦っているんじゃない」
「コワいけど戦っている」
――などと申しておりますが、
これは逃げ出しているのとは明らかにベクトルが違います。
(だいたい、戦いたくて戦っているなんてことになったら、もはやアムロではございませんでしょう)

 ここで焦燥感は、自分が戦力として価値があると自負しているのに出撃できない、
ということももちろんございましょう。

 しかし、そうした表面的な理由以上に、
これまでの出来事から来るさまざまな思いや鬱積(うっせき)が積み重なった結果が、
出撃不能となったことであふれ出したというのがホントのところでございましょう。

ロマンアルバムEXTRA 42
『機動戦士ガンダム MOBILE SUIT GUNDAM The Motion Picture』
(徳間書店 1981)
によりますと(p.85)、

 サイド7の空襲(1話)は、UC0079 9月18日のことだそうでございますから、
ソロモン戦が行なわれた12月10日までの3ヶ月のあいだに、
アムロ少年の身にはあまりにもいろいろなことが起きたわけでございます。

 戦いに巻き込まれ、
敵味方を問わずそれまで関わったことのないさまざまな人々と出会い、
 ご母堂と別れたり、お父上の元を離れたり……。

 さまざまな思いにイライラが募り、
そこに何もできない時間ができてしまったため、何かせずにはいられないのでございましょう。

 そのイライラから解放されて、物語の後半では、
ソロモン戦へと乗り込んでいくわけでございます。

 流れとして、すごく自然でございます。

 だけど嫌い。

 どこが嫌いかと申しますと、
一人前の戦士として成長していくところ、その一点が……。
何か、この作品を全否定してしまうようではございますが、

戦争なんて――、といった感じの人物が戦いに巻き込まれていく部分に魅力を感じたものでございますから、
どうもこの部分が好きになれないのでございます。

 ま、道化師でございますもの、戦争などと申すものは好みではないのでございますな。

(繰り返し見たというほどでもないので、印象でございますが)
アニメではそこらへん明確にはなっておりませんでしたから、
戦争が嫌いなまま戦闘に勝ち続け、
最終話で「ぼくには帰る場所があるんだ」とおっしゃったあと、
戦場から退場し、二度と戦争とはかかわらずに平穏に暮らしていくのだろうな、
と予想しておりましたのに、

『Ζ(ゼータ)ガンダム』(おおっ、「Ζ」(ゼータ)と「Z」(ゼット)ではびみょーに形がちがう!)で再登場し、
その後も戦っているあたりが、
『Ζガンダム』は途中で見るのをやめたため、いきさつは知りませんが、
あまり好きではございませんでした。

 当初の予定では『Ζガンダム』にレイ様は登場するはずではなかったみたいですけどね。

 というわけで、話の流れは自然でございますし、しかも展開として正しいのですが、
わたくしといたしましてはその点だけが嫌いなのでございます。

 まあ、ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』が底本のひとつにあったみたいでございますから、
理の必然と申せばそうなのでございますが。

 とまあ、その話はそのあたりにしておきましょう。

 ホワイトベースの面々と、ジオン軍のかたがたに関しましては、
 とにかくもう、ドズル・ザビ中将とスレッガー・ロウ中尉が死亡フラグのお手本をやってくれております。
 やはり定番をやるといたしましても、うまいもっていき方と申すものはございますな。

 戦争に関しましては、
 まず、全体の状況説明が実にわかりやすくて、良(よ)ございますな。
 静止画でしかもコマを自由にわれ、文字情報も入れられるマンガの強みと申せましょう。

 実際の戦闘に関しては、

 ザクレロ最強!

 スーパーロボットもののザコみたいなデザインのモビルアーマーですが、
なにか時を経るうちに愛着がわいてきたのでごさいましょうな。
 あるいは、その愛嬌あるお姿が、戦場に一服のやすらぎを与えてくれると申しますか、単なるお遊び?

 何気にカッコよくなって、ジムやボールを次々と撃墜してまいります。
(たしかに、前出の「GUNDAM GAMES」月刊タクティクス5月号別巻(ホビージャパン 昭和63(1988)年には、「ボールやGMとなら少なくとも対等くらいには戦えるだろう」(p.42)と書いてございますが――)
 しかも、このザクレロ、一機だけではございません。
 機体に書かれたローマ数字を見ますと、何か十数機は用意されている様子。

 たしかアニメでは、試作で作られてもので欠点の多い失敗作で、廃棄処分寸前だったはずでは――?
 もう、ザクレロとしては本望と申すところでございましょう。

 


 ガンダムにはあっさり負けてしまうんですけどね。

 


 ところで、
マンガとは直接関係ないのでございますが、

この世界、
資源の調達とか開発、生産についてはどうなっているのでしょうか?
 まあ、3ヶ月のあいだの出来事ですし、
連邦軍側はGMとボールしか基本的に生産していないから問題はないのかな?
 ジオン軍は、それ以前からの蓄積と新兵器開発に力を注いでいたということ……なのでしょうなあ。

 でも、資源調達に関しては、
原料を生産工場まで運ぶためのルートが確保できているのか気になるところでございます。
 工場と生産スピードもどのくらいのものだろう?
 工場から戦場に持っていく補給路も確保できていないといけませんし……。

 もっともテレビアニメ版では、
最終決戦時にはさまざまな機体が持ち寄られたみたいですから(うわさでは鉄人とかも……?)、
かなりジリ貧だったのかもしれませんが。

 これが、ゲームとか派生アニメまで考えると、数とか種類とかトンデモないことになりますな。
 一体どうやって生産開発しているんだ……!!

 触れなければならない問題のような気もいたしますが、そっとしておいたほうがよいことなのでございましょう。


 それにしても、『ヱヴァンゲリヲン・序』(2009,7/3 金曜ロードショー)を
見ながらガンダムの記事を書くって、なんだか不思議なものでございます。

と申しますか、見てるとちっとも記事を書ける状態ではないですよ~っ。
 というわけで、一日空くハメに……。

 ともあれ、『ヱヴァンゲリオン』も、
ストーリーの明確化のために、ていねいな調整がなされておりますな。

 笑える……と申しますと誤解を生みますな。
 あっ、やってるやってるってな感じで、口もとをほころばせながら、ついつい見入ってしまいました。
 

 安彦良和
 原案:矢立肇・富野由悠季
 メカニックデザイン:大河原邦男
2009/6 角川書店 KADOKAWA COMICS A


 

 巨大ロボットもののひとつの転換点となった作品の、
ていねいなコミカライズ作品。

 原作は、いわゆるリアルロボット系の元祖で、

それまでの
正義と悪の構図
一話完結型のパターン化された物語の展開などが当たり前だった
いわゆるスーパーロボットのアニメに、
大きく切り込む形となった作品である、

 ということはどなたでも知っておりましょう。

 作者は安彦良和先生。

 この作品に、
キャラクターデザイン+作画監督+アニメーションディレクター
などとして参加したというだけでなく、
 その後もイラストや小説、マンガなど、多数の方面にご活躍
……それも申すまでもございませんな。

 さて、
 この19巻めはタイトルどおり、ソロモン戦にかかるあたりまでにございます。

「GUNDAM GAMES」月刊タクティクス5月号別巻
(ホビージャパン 昭和63(1988)年)によりますと、

ソロモン戦が行なわれたのは、12月10日

UC0079の1月3日に始まり、UC0080の1月1日に終わった
(未来形のほうが正しいのかな?)という、

まさにそうとしか名前がつけられない1年戦争も、
あと少しというところでございますな。

 なにか、ソロモン戦開始から20日あまりで戦争が終わったとは信じられないですが、
そんなものなのでございますな。

 この1年戦争の立役者と申せば、やはり赤い彗星とよばれた謎の男でございましょう。

 何しろ、ジオンの首魁をつぎつぎと暗殺していったのでございますから。
 全員を、というわけではございませんが、大殊勲には違いございません。
 最後のとどめをさしたのでございますし……。

 アムロ・レイさまが何人いたとしても、これに匹敵する戦果は得られますまい。

 ただ、連邦軍はそれを知らないのですな。

 サッカーで申さば、
敵のオウンゴールで勝ったようなものでございましょう
案外、あれ? 勝っちゃったよ、という感じだったかもしれません。

 おっと、また話がそれましたな。

 さてさて、
この巻で描かれるのは、

・マグネットコーティングの話。

・戦士としての自負を持ち始めるアムロ。その葛藤。

・ソロモン戦での両軍の動き。

・ドズル・ザビと家族。

・ホワイトベースのかたがた。

といったところでございましょう。

 マグネットコーティングと申すのは、ま、トンデモ技術の一つですな。

モビルスーツの体全体に強力な磁界を発生させるそうですが

コンピュータとか狂わないだろうかとか、

周りの機器とかは大丈夫か、とか、

磁気の働きで肩のこりがなくなってしまったりはしないのかとか、

ニュータイプ能力が飛躍的に覚醒したりするようなことになったりしないのかとか

磁界でビームがゆがまないのか、

その結果、あたりにくくなったり、ねらいがつけにくくなったりしないのかとか、

 摩擦は減っても、その分スピードは増すのだから、
軸など負荷がかかる部分とか直接あたるような部分では、
より大きな力がかかるのではないかとか、

 動きがカチャカチャして、まるでプラモデルやアニメのような軽い動きにならないだろうかなど

  さまざまな疑問点が思い浮びますが、

まあ、
ミノフスキー理論があれば、すべて解決するのでございましょう!

 ……と、今回はここまでで時間切れ。

 ゲームブック以外の記事は、短く済ませたいとも思うのでございますが、仕方ございません。

 まっ、日記でございますから、ご容赦くださいませ。

 というわけで、続きます


 


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