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2024/05/05 國學院大學博物館を紹介した番組(Bs-12)で、縄文時代の火炎土器について、「土器のガラパゴス化」とおっしゃっておりました。なるほどー。日本人って先史のむかしから、独自の発展をさせることに長けていたのでございますな。
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2022/03/04のタイトル下では
3月が軍神マーズの名前に拠ったものであることを書きましたが、 
それにしてもよく分からないのが、ローマの暦法でございます。
 
3月始まりなのは農事暦だからということでいいとして、
ロムルス暦では、神さまの名を冠した月が
マルティウス(マーズ)・
アプリーリス(ウェヌス(アフロディーテ))・
マーイウス(マイア)・
ユーニウス(ユーノー)
と四つだけ。
 
そのあとはクインティース、セクスティース……。
つまり5番目の月、6番目の月と数えていったのでございます。
 
何ともいい加減。
 
それだけの神さましか、ローマでは特に信仰されていなかったのでございましょうか? 
 
曜日の方はローマ暦の途中から採用されるようになったそうですが、
そちらにも マーズとウェヌスの名を冠した日がございます。
 
火曜日(ディエース・マルティス=マーズの日)と
金曜日(ディエース・ウェネリス=ウェヌスの日)でごすな。
 
戦いと美は、ローマでもっとも興味のあったものなのでございましょう。
強さと美が、価値基準の中心となっていたのかもしれません。
 
 この数え方ですと、
10番目の月、デケンベルは、今の12月に当たるのでございますが、
そこから次の年のマルティウス、つまり3月までは
月の名前がございません。
特に何の月というのはないのですな。
 
 農耕のための暦なので、
農事のないその辺りの月はどうでも良いらしいのでございます。
 
 何ともいい加減。。
 
 と同時に、当時の日に対する概念もうかがわれて面白いところでございます。
 
 年の初めも、当時は1年が365日とわかっていなかったので、
春めいてきたなぁと思ったら、王さまが年の初めを宣言したのだとか。
 
そういう形式でしたら、
月のない期間が存在するやり方のほうが合っている気がいたします。
 
それに王さまが春を宣言するなんて、ファンタジーっぽいと申しますか、
格式があってよろしゅうございますよね。
 


  
 その後、ヌマ・ポンピリウス王によって改暦されたのがヌマ暦。
この時に名前のない月はおかしいだろうと、
 
物事と時間の境界の神、ヤヌスの名を冠したヤーヌアーリウスと、
浄罪と贖罪の神フェブルスの月フェブルアーリウスが加わります。
 
今でいう、ジャニュアリーとフェブラリーでございますな。
  
 なんか最初にあった、戦神・美神・豊穣神・結婚神というのとは
違う系列の神さまですよね。
 その間にローマも進化したということでございましょう。
 
 この時の1年は355日で、
2年に一度メルケディヌスという閏月が入ってくるようでございます。
これは賃金を意味するラテン語のmercesからとか。
 
 この時に賃金が支払われたからだそうでございますが、
ということは2年に一度ということでございましょうか。
よく分かりませんが。
 
 この時ももちろん、始まりは3月。
今でいう年度で動いていたのでございますな。
それが、その後のヌマ暦の改革によって1月始まりになったそう。
その理由の大きな一つは、ヤヌスが境界の神だったため、
行く年と来る年を分けるにふさわしいと考えられたためではないか、
ということでございます。
 
 名前に引きずられた、と申しますか、
神さまの名前ですから尊重したということなのでございましょうか。
 
 ただ、1日の始まりもその昔は、
(今だったら前日となる)夕方からはじまるとか
(イブが盛り上がるお祭りなんかはその名残でございますな)、
日の出を1日の始まりとするとかあったそうでございますが、
今では真夜中起点となっております。
 
 経緯はともかくといたしまして、
それと同じような感覚が働いたのかもしれませんな。
 
 農事や宗教などでは、
たそがれ時やかわたれ時を起点とした方が都合がよかったとしても、
お日さまが最も高くのぼる時を正午とした真夜中起点のほうが、
多くの場合で使い勝手がよいということなのではございませんでしようか。
 
 さてその後、
 シーザーの時代に改暦が行われ、ユリウス暦というものになります。
 
 ここで彼が、
5番目の月と呼ばれていたクインティースを
彼の名にちなんだJulius ( Iulius ) ジュライに変え、
その後アウグストゥスがセクスティースを Augustusに変えたのは、
ご存じの方も多ございましょう。
 
 これを聞いたとき、
皇帝が神の名を冠した月名を自分の名に変えるとはなんと恐れ多い、
民衆からの反発はなかったのか、と思ったものでございますが、
そもそもが神の名ではなく何番目と番号で呼ばれていたのでございます。
神と名を連ねることはやはり恐れ多いことと思われたかも知れませんが、
神の座を簒奪したのではない分、反発は少なかったのかもしれません。
 
 暦に自分の名を刻むことは誰だってやりたがるもので、
その後の皇帝も、月の名に自分の名を入れようとした人は多かったみたい。
でも、結局は根づかなかったようでございますな。
 
 その皇帝が世からいなくなるとともに元の月名に戻り……、
結局残ったのはジュライとオーガストのみ。
 それが現在の月名まで続いているのでございますな。
 

  ローマのカレンダーは、
他にもいろいろと変なところもございますが、この辺で。
 あとは調べてみてください。
 
           (参考:ウィキペディアなど)      
 

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