『痴愚神礼賛』エラスムス
"Encomium Moriae " by Desiderius Erasmus (1509)
(渡辺一夫・二宮敬訳 中公クラシックスW47 2006年4月 中央公論新社)
メリーハッピーオールフールズディ!!
道化の真実にございます。
一年の中でもっとも讃えられるべきこの日が、割と軽い扱いになっているのは、悲しいことでございますな。
それはおそらく、痴愚の女神様のことを、皆さんがご存じないからだと思うのでございます。
ということで、
わたくしの敬愛いたします神、痴愚女神さまが自らそのすばらしさを讃えた講演をご紹介いたしましょう。
それをエラスムスというかたがまとめたのが、この本にございます。
MORIAなどと申しますと、毛嫌いする方もいらっしゃいましょう。
Moriae とは、ギリシアの言葉で「痴愚・狂気」を表す言葉でございますから、悪いイメージとして描かれることが多いのでございます。
『指輪物語』では、バルログ潜む地下坑道の名でございますし、
シャーロキアンにとっては、19世紀末に君臨する「犯罪界のナポレオン」として知られる、
モリアーティ(James Moriarty)教授をイメージさせるものですからな。
ですが、
痴愚の女神であるMORIAさまは、
実に陽気でほほえましい方なのでございます。
痴愚女神さまは主張します。
人生のあらゆる良いことはすべて、私のおかげだ (p.35)と。
まったくもってして、これはそのとおりでございますな。
気むずかしさや考えすぎは、賢(さか)しさ∴(ゆえに)生まれるものでございますし、
それさえなければ気に入らないことや悩みなども生じなくなりますからな。
まことに至言と申せましょう。
もっとも、「ありとあらゆる良いこと」ばかりではございません。
痴愚の女神さまの司ることは、ありとあらゆることであり、その中には、悪いこともございます。
自分を賢いと思っていらっしゃる方も、別の面から見ればおろかでございますし、
世の中の腐敗や悪徳も、すべて愚かしさゆえに起こること。
そのような世間のありように、
女神さまもあきれかえり、手に余る、もしくは手に負えないとでも申したいご様子。
講演の後半では特に、そのような愚かしさに、いつもは明るくほがらかな女神さまの口調も、ついつい厳しいものとなってまいります。
この講演が記されたのが1509年と申しますから……。
おおっ、今からちょうど500年前のことではございませぬか!!
この書を読んでおりますと、
そのときから現在に到るまで、いや、おそらくそれ以前も、今以降も、人間と申す存在は、
変わらなかったし、変わっていかないだろうなと、痛感する次第でございます。
☆ ☆ ☆
推理小説をたしなむ方なら、ギルバート・ケイス・チェスタートンという名をお聞きおよびになったことがあるやもしれません。
『ブラウン神父』シリーズや、『木曜の男』などを著した方で、江戸川乱歩先生をして、トリックの創案率では随一、と言わしめた方ですな。
わたくしとしては、トリックの案出と申しますよりも、
何でもない出来事をレトリックによってトリックにしてしまう
と申したほうが正しい気もいたしますが、まあ、大同小異、針小棒大、大して違いはございませぬな。
そのチェスタトン先生の作品
(わたくしは、推理小説よりもこの方のエッセイのほうが好きなのでございますが)
が好きならば、この講演集も絶対楽しく読めるはずでございます。
この書は長らく文庫としては絶版になっておりましたものでございますから、わたくしのご主人様などは、かなりくたびれた岩波文庫版を古本屋さんで……900円ぐらいかな? 手に入れたものでございますが、2006年に中公クラッシックスで復刊されることになり、誰でも比較的容易に手に入れることができるようになりました。
いい時代になったものでございます。
きっと図書館にも置いてあることでございましょう。
なければ、リクエストすれば、入れてもらえることでしょう。
わたくしといたしましては、ぜひとも多くの方に読んでいただきたい所存でございます。
* 本の年譜では"Encomium Moriae "となっておりましたが、 ウィキペディアでは"Moriae encomium"……。
どっちなのでございましょうなぁ。