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2024/04/19 高島屋の1040万6000円のお茶わん。約180万円で買い取ったお店が、すぐに別の店に約480万円で転売したそうですな。最初買い取ったお店は、盗品って気づかなかったのかなぁ。それとも事件のことを知ってて買い取り転売したのでしょうか? まぁ、知らなかったとおっしゃりますのでしょうなぁ。いづれにしましても、1040万の品も売るとなるとこのぐらいの価格なのでございますな。
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ゲームブックのブームは、1990年代を待たずして衰退した。

「Wikiペディア」にはそのように書かれている。

 この「1990年代を待たずして」というのは、人によりブレがあるだろう。
 ある人は、1988年ぐらいを考えているかもしれないし、
別の人は'90年代に入ってもブームの余韻はあったと思っている人もいるかもしれない。

 私はそのどちらにも与しない。

 ゲームブックのブームは、もっと早い時期、
『火吹山の魔法使い』が刊行されてから、1~3年で終わった
と考えている。

 『火吹山の魔法使い』が日本で出版されたのが1984年末だから、1985年ということとして、
1986年から1987年末あたりまででブームは去ったということだ。

「ウォーロック」誌を持っている人限定で言うと、

第四号(1987年4月) 「(こんなゲームブックが出た! 1986ゲームブックリスト)」



vol.16(1988年4月) 「こんなゲームが出た! (1987ゲームブックリスト)」

 あたりまでがゲームブックのブームということだ。


 1~3年のなかで、3年(1987年あたりまで)というのは、わかりやすいと思う。

 何しろ、その次の年の総括である、

vol.29(1989年5月) 「こんなゲームブックが出た! (1988ゲームブック総リスト)」では、

ゲームブックの数が半減しているのだから。

  そのため、この特集では、
ゲームブックだけではなく、
TRPGやゲーム小説、それにゲーム攻略本などの関連書
まで扱っている。

 そこには、編集者のゲームブックからTRPGへという意図が読み取れるが、
それだけではなく、
実際にゲームブック自体が、もはやブームではなくなっていることを示している。

 では、2年(1986年あたりまで)というのは?

「ウォーロック」誌の発刊は1986年12月、
まさに『火吹山の魔法使い』から2年目ということになる。

 とすると、
「ウォーロック」は、ブームが去ったあとに出た
ということなのだろうか?

 そのとおりだ。

「ウォーロック」誌 vol.63(休刊号)p.59には

創刊時の状況について

「当時のゲーム界の状況は、ゲームブックのブームが一段落して、
その後の展開を模索しているとき」

だったと書かれている。

 つまり、創刊以前の時点で、ブームはひとまず終わったと見ているのだ。

 さらに、1年目にしてブームは去った という考えも出来る。

 というのは、 「EQ」誌 MAR'86.No.50に、
次のような文章があるからだ。

 「EQチェックリスト鼎談」p.159

 数藤(康雄)  現象面で挙げれば、『火吹山の魔法使い』が文字どおり“火付け役”となって、この一年爆発的なブームになった〈ゲームブック〉の流行があります。あまりの数の多さとワンパターン化に、さしもの「EQチェックリスト」でも、書評対象からはずしたという……。

 つまり、この頃には他ジャンルからの注目がなくなってきたということだ。


 1990年近く と、
 『火吹山~』登場から1年

 この差は、
ブームというものに対する考え方の違い
によるものだと思う。

「1990年代を待たずして」とお書きになった方は、
おそらく、当時小学生か中学生(決めつけはよくないが)で、
その頃もゲームブックファンだった人だろう。
 つまり、ブームの渦中にいた人間だ。

 だが、 ブームというのは、

その中心となる場所にいるもの以外からも注目されなければ、
本当のブームとはいえないと思うのだ。

 本来なら取り上げるはずもない雑誌などで紹介され、
その分野に対して興味のない人からも話題にされ、
便乗した商品が世に出回る……。

 そのように、世間の注目を集めてこそはじめてブームといえる。
 そして、その時期というのは、
『火吹山の魔法使い』から1年ぐらいだと思うのだ(*)。

(*)
『火吹山の魔法使い』がそうした作品であったことは、『バルサスの要塞』のオビを見てもわかる。
「朝日新聞、各地方紙、BRUTUS、BOX、ログイン、週刊文春、宝島ほか多数の紙誌で紹介されました。」とあり、そのあとに「POPEYE」誌の評が載っている。
 どういう紹介のされ方をしたのかはわからないが、そのようにマスコミに取り上げられることでゲームブックブームは大きくなったともいえる。


 その後の2年――1986年~1987年というのは、
内部での熱気がまだあったころ。
 そして次の1年は、その熱気が盛りをすぎたころといっていいだろう。

「ウォーロック」誌
vol.29(1989年5月) 

「こんなゲームブックが出た! (1988ゲームブック総リスト)」

p.12「ことしも春が来た! ~88年、ゲームブックシーンを総括する~」(近藤巧司)

では、

1985~1988年までを、次のような言葉でまとめている。

1985 「ゲームブック元年」
 何もかもが手探り状態の混乱の時代。

1986 「混乱と淘汰の年」
 粗製乱造されたピントはずれな本が姿を消し、実力ある舶来のゲームブックがもてはやされた。
 新しい様式を探る時代が終わりを告げた時代。

1987 「安定と文化の年」
 各社がスタイルを決定し、独自のセンスで安定したゲームブックをリリースしていった時代。

1988 「先鋭化の年」
 ゲームブックは、巨大化、システムの複雑化、難易度のアップをしていき、
専門化すると同時に、一握りのマニアのものになってしまった。

 これは、正しい分析だと思われる。
 この流れからいっても、やはりゲームブックのブームというのは、
1986~87年あたりまでという判断で、正しいと思うのだ。

 ブームというのは、たいていがそのようなものだと思う。
 

「ヨーヨー」でも「なめ猫」でも「ガングロ」でも「スウォッチ」、「たまごっち」でも、
「お笑い」でも「バンド」でも、

ブームとして話題になったものなら何でもいい。
 少し思い出してみてほしい。

 そのブームの中にいて、それに熱心に取り組んだ人にとってはともかくとして、
端(はた)から見た場合、ブームというのは案外短いものではないだろうか?

 もちろん、もっと命脈を保ったブームの例をあげる人もおられよう。

 アニメやガンプラなど、最初にブームになったときから、
ずっとブームが続いていると主張する人もいるかもしれない。

 だが、そのようなものは文化として定着したというのであって、
ずっとブームが続いているとは言わない。
 それに、最高潮に盛り上がったときから比べれば、
そのポテンシャルはいくらか落ちているはずだ。

 さらに、何も関係ない人まで話題にしたり、手にとったりとなると、
その期間は、ますます短いものとなるだろう。

 もちろん、ポテンシャルの高い文化の場合、その波が何度も来ることもある。

 だが、ブームというべきはその波の部分だけであり、
それ以外の部分も含めてブームがずっと続いているとは、
私は言わないと思うのだ。
 

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