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2024/11/22 『赤毛のアン』が『アン・シャーリー』というタイトルになって2025年5月。Eテレで放映されるそうでございますな。キャラクターは以前日本アニメーションで製作された『赤毛のアン』をちょっと大人っぽくか、外国人に寄せた感じ。キャラクター原案:近藤喜文となるのかなぁ。基本的な服装などはどうあっても同じ感じになると思うので、あとは高畑勲先生へのリスペクトを表明するかどうかといった話になりましょうな。過去のアニメ作品をリスペクトして作られるってないですよねぇ。しかも小説などが原作としてありつつ。新しくていいと思います。
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 お買いもの

『タイタン』を買ったあと、

せっかく大きな本屋さんに来たということで、ついでに買ったのがこれにございます。


トールキンの『指輪』とワーグナーの『指輪』


トールキンのシグルズとグズルーンの伝説<注釈版>』
 J・R・R・トールキン クリストファー・トールキン 
       小林朋則訳(原書房/2018/7/25)。




普段行かないと、いろいろ発見ありますよね、大きな本屋さんって。
 目移りしてそのまま何も買わずに帰っちゃうこともしばしばではございますが
今回は……。なぜだろう。衝動買いとかほとんどしないのですけどねぇ。

 それにしても、なぜだろう、こんな本があるなんて、全然知らなかったー、とか
思って奥付を見ると、ホントつい最近出版されたものだったのですな。
 知らなくて、当然でございました。


 さて、

『指輪物語』『ニーベルンゲンの指輪』の類似性については、
よく指摘されるところではございますな。


 それに対してトールキンは、

「二つの指環は共に丸い、そしてそこで類似性は終わる」
(Both rings were round, and there the resemblance ceases.)

否定しているとか(中つ国Wikiの「ニーベルンゲンの歌」の項)。

ーーワーグナーと言えばヒトラーを思い浮かべる人もおりますから、
   そこら辺を嫌っての発言なんでしょうな。

ぐらいに思っていたのでございますが、どうもそうではないようでございます。



 この『シグルズとグズルーンの伝説』というのは、

英雄シグルズヴァルキュリアブリュンヒルデ
   ニーベルング族の女王グズルーンを主人公とする悲劇ーー。

 典拠『ニーベルンゲンの指輪』同根でございます。
  (「翻訳か原典かの違いがある」(p.10)とございますから、
         ワーグナーは翻訳で読んだということなのかと)

 ただし、そういうタイトルのまとまった一つの作品がある
と言うわけではないみたいでございます。

 この物語は、

散文物語『ヴォルスンガ・サガ』『古エッダ』の十数編の詩のなかに登場する話で、
それらは矛盾していたり分かりにくい点が数多く存在しているそうでーー。

 それをトールキン先生が比較・検討して、一つの物語としての一貫性を持たせ、
古ノルド語の韻律に従って現代英語で書いてものが、この本に掲載された詩。

もともとこういう詩があったのではなくて、
『こうした詩があったのかもしれない』とトールキンが考えて創作した作品なのだ」
               (p.452訳者あとがき)そうでございます。





 ワーグナーの楽劇『ニーベルンゲンの指輪』とのちがいについては、
注釈者であるクリストファー・トールキン先生

(このお方、J・R・Rトールキン先生の三男にして遺著管理人
 なのだそうでございますが、以下クリストファーさんと略します。
 トールキン先生が二人もいると、書くのがややこしくって……)

               が次のようにお書きになっておられます。


 J・R・R・トールキン先生のこの著作が、古代文学を解釈する試み
であるのに対し、楽劇『ニーベルンゲンの指輪』は、

 「変形させて新しいものを生み出そうとする衝動であり、
  古い北欧思想からさまざまな要素を取り出して新たな関係の中に置き、
  自分の好みや芸術的意図に合わせて、
  大々的に脚色・改変・創作するというものだった。
  そのため『ニーベルングの指環』の台本は、古い伝承に基礎を置いてはいるものの、
  時を越えて伝えられた英雄伝説の続き、あるいは発展形と見るのではなく、
  まったく新しい別個の芸術作品だと考えるべきであり、
  その精神においても目的においても、
  『ヴォルスング一族の新しい歌』や『グズルーンの新しい歌』とは、
  ほとんど無関係と見なさなくてはならない。」(p.10)



 言ってみれば、三国志の研究者が、自分の研究を元に小説を書いたら、

「これって、横山光輝先生のマンガ元にしたんでしょ」とか、
「誰それの三国志小説の影響受けてるよね」とか、

そんなふうに言われた、というようなものでございましょうかねぇ。

 それはまぁ、嫌な気分にもなろうというものでございますな。


 さて内容は、
 と申しますと、タイトルのとおり、

 トールキン先生の『シグルズとグズルーンの伝説』

 原文は現代英語で書かれているとはいえ、
 古ノルド語の韻律に従っており、読みにくいのだそうでございますが、
 訳者の方の労苦のたまものでございましょう。

 格調高く、力強く、かっこいい。

 『指輪物語』なども「です・ます」調でなくて、
こうした格調高い感じの訳だったらなぁ、とわたくしとしては思うところでございます。

評論社の文庫版を読むとき、
ときどき「です・ます」を「だ・た」に変えて、朗読したりしておりましたもの
(黙読だと、すぐに書いてあるとおりの「です・ます」調に戻ってしまうため
 でございます。まぁ、朗読も、疲れるのでそれほど長続きはしないのでございますが)。



 おっと、話が逸れました。


 で、本文である詩をはさむ形で、

クリストファーさんの非常に詳細な注解が入るという形になっております。
 いや、詩と解説は同じか、解説のほうが長いので、
はさむというのは正しくはございませんでしょう。

 トールキン先生が遺した古エッダの講義の草稿や断片的なメモなどを駆使して、
かなり細かい注釈がつけられております。
 

 トールキン先生がすべてに注釈を加えておられれば、
という思いはございますが、それは詮なきこと。

 細かいメモなども拾って書かれたこの本は、

ベストとは言わないまでも、
そこに限りなく近づいた注釈本

と申せるのではないでしょうか。

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