2024/11/22 『赤毛のアン』が『アン・シャーリー』というタイトルになって2025年5月。Eテレで放映されるそうでございますな。キャラクターは以前日本アニメーションで製作された『赤毛のアン』をちょっと大人っぽくか、外国人に寄せた感じ。キャラクター原案:近藤喜文となるのかなぁ。基本的な服装などはどうあっても同じ感じになると思うので、あとは高畑勲先生へのリスペクトを表明するかどうかといった話になりましょうな。過去のアニメ作品をリスペクトして作られるってないですよねぇ。しかも小説などが原作としてありつつ。新しくていいと思います。
(前回の続きでございます。
書くのを忘れていたので、追記にしようと思ったのですが、
間が開いてしまったのと、少々長くなったので、新しく項を立てました)
「コンセプト」「設定」「ルール」
これら3つのどこに力点を置くかによっても、物語の性質は大きく変わってゆきます。
☆「コンセプト」に力点を置く場合、
登場人物をはじめ、世界に存在をするさまざまなものは、
それに従となるでしょう。
作者があるテーマについて語りたいときには有効ですが、
あまりにもそれを前面に出しすぎると、
物語が貧しくなり、面白くなくなってしまいます。
物語にはテーマが一番大事、
という教えを鵜呑みに信じてしまうとおかしがちな、
よくある失敗です。
ここでつまづくと、
「読者のことを考えず、ひとりよがり」と批評されがちですよね。
そうすると、読者に分からせようとますますテーマ性を前面に出して、
物語的に面白くなくしてしまうという蟻地獄におちいる場合も……。
コンセプトやテーマは、一言で言える方がよい場合が多いため、
物語を書き慣れていない場合、ついついこのミスを犯してしまいがちなものです。
☆「設定」だけに着目していくと、今度は脈絡のないものになりがちです。
アイデア出しのときはそれでいいのですが、
それが過ぎるとその世界がどういう世界なのかが
あいまいになってしまいます。
生きるのに厳しい世界なのか、
それとも滅多なことで死なない世界なのか、
何を信じ何を忌まわしく思うのか、
そうした価値観、もしくはその対立が描けないと、
その世界がどういう世界なのか、
作者がなんのためにその世界を作りあげたのかが伝わらなくなってしまいます。
書くのを忘れていたので、追記にしようと思ったのですが、
間が開いてしまったのと、少々長くなったので、新しく項を立てました)
「コンセプト」「設定」「ルール」
これら3つのどこに力点を置くかによっても、物語の性質は大きく変わってゆきます。
☆「コンセプト」に力点を置く場合、
登場人物をはじめ、世界に存在をするさまざまなものは、
それに従となるでしょう。
作者があるテーマについて語りたいときには有効ですが、
あまりにもそれを前面に出しすぎると、
物語が貧しくなり、面白くなくなってしまいます。
物語にはテーマが一番大事、
という教えを鵜呑みに信じてしまうとおかしがちな、
よくある失敗です。
ここでつまづくと、
「読者のことを考えず、ひとりよがり」と批評されがちですよね。
そうすると、読者に分からせようとますますテーマ性を前面に出して、
物語的に面白くなくしてしまうという蟻地獄におちいる場合も……。
コンセプトやテーマは、一言で言える方がよい場合が多いため、
物語を書き慣れていない場合、ついついこのミスを犯してしまいがちなものです。
☆「設定」だけに着目していくと、今度は脈絡のないものになりがちです。
アイデア出しのときはそれでいいのですが、
それが過ぎるとその世界がどういう世界なのかが
あいまいになってしまいます。
生きるのに厳しい世界なのか、
それとも滅多なことで死なない世界なのか、
何を信じ何を忌まわしく思うのか、
そうした価値観、もしくはその対立が描けないと、
その世界がどういう世界なのか、
作者がなんのためにその世界を作りあげたのかが伝わらなくなってしまいます。
ただしこれは、「コンセプト」がまったくない場合です。
ゆるやかにでもコンセプトが決まっているのなら、
設定が幅広く豊かであることは、世界を豊かにしていきます。
自然や人物の描写を密にし、会話の幅を広げることで、
コンセプトに対する直進性は薄れるかもしれませんが、
世界に表情や情感を与えることができるのです。
☆ 「ルール」に関しては、小説の場合、必要ないとさえいえるかもしれません。
前回も書いたとおり、大抵のことは常識で解決できてしまうからです。
異世界ファンタジーにしろ、
多くの場合、わざわざいろいろと決めることなく、
常識で間に合わせることが多いと思います。
あとは、作者の裁量ですね。
物語の都合や感覚で、
力関係や可能不可能は決められてしまうことが多いように思います。
小説の場合は、データどおりに強いものが強く、
弱いものが弱いでは面白くないことも多いですから。
とはいっても、力関係や可能・不可能を判断する基準は、
普通の物語の場合でも、あったほうが便利です。
たとえば、物の値段・価値やダメージを受けた場合のケガの度合い。
それらの大まかを把握しておくことは、物語を別の面で豊かにしていきます。
ゲームの場合は、それが重要な要素となることは言うまでもないでしよう。
それらを決定することで、ゲーム世界を確たるものにしていきます。
ただし、物語ゲームでは、ルールやデータは絶対とは限りません。
物語の都合により、「特例」が設けられる場合がしばしばあります。
それが是か非かは、その作品と作家によるでしょう。
これら3つは、
それぞれが独立しながら、結局同じ1つのものを表現しているわけです。
そのため、それぞれがまったく違うものでありながら、
互いに影響を与えつづけます。
たとえば、戦士がもっとも強い世界と魔法が幅を利かせる世界があったとして、
それを逆転させれば、
ルールも世界設定も、それに応じてずいぶん変わったものになるはずです。
それほど大ごとを例に出さなくても、1つのデータが変わることで、
コンセプトも設定も変わってくるということは、よくあることでしょう。
とくにシリーズが長期化した場合など、
コンセプトを作者が変えるつもりがなくても、
キャラクター同士の関係や、物語内の歴史の流れで違ったものになることは、
往々にあります
(もちろん作者の心境の変化の場合もよくあることですが)。
「コンセプト」「設定」「ルール」
これらいずれかを充実させ変化させることは、他の要素も変化させることになります。
その変化が均整のとれたものになるか、
それともバランスを欠いたものになるかによって、
作品の評価は違ったものになるでしょう。
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