2025/04/02 ナインソルジャーズで検索しても、なかなか『全修。』は出てこないなー。なぜか、『サイボーグ009』が出て来ちゃう。
ところでルークは光の国出身。ユニ夫は獣の国出身で、ルークと同じ誕生日に生まれ、その時からルークを守護し続けている──これってどういうことなのでございましょうね。ユニ夫は生まれたその日に光の国に連れられてきた? 何のために? でもそれって、獣の国の戦士といえるの? もしかすると、離れた場所である獣の国から光の国のルークを守護していたってことですがねぇ。それとも、獣の国と光の国は隣同士で、境界線を境に2人は暮らしていたってこと? 境界の行き来が自由としても守護するのに不都合もある気がするのでございますが。
まぁ、鳥監督のことでございますから、矛盾無く完璧な設定がそこにはあるのでございましょう。
桜と申しますれば、
石ノ森章太郎先生のファンとしては、『ジュン』の「春の宵」でございますよね~。
『ジュン』という作品は、マンガでこんな表現ができるんだ、
と、当時非常に衝撃を受けたものでございます。
大人になって冷静に読んでみますと、ちゃんと筋があって、
それを追うだけならばそれほどでもなかったりするのでございますが。
感性で読むんだ。そこから広がるイメージをとらえるんだ。
というわけでございますな。
内容的には、全編にわたって桜の花びらが舞い散る中、
桜の精が舞い、屍が現在と過去を結びつけ、そしてすべては桜吹雪となって……。
散る花の美しさと死のイメージ。
桜吹雪の見せる夢幻でございますな。
こういう作品を説明するというのは、難しいものでございますが。
黒澤明監督の『羅生門』や、
梶井基次郎先生のの『櫻の樹の下には』ですとか、
坂口安吾先生の『桜の森の満開の下』など、
イメージの基にあったのかとも思われます。
ちなみに、古本屋さんで買った『COM』誌1968年4月号に
たまたまこの「春の宵」が載っていたのでございますが
(この号には、永井豪先生の『豪ちゃんのふあんたじーわらうど バン』や、
石ノ森先生の「『墨汁一滴』の周辺」という一ページのエッセイも載っておりました)、
雑誌掲載時と朝日ソノラマ版(昭和50年)では、
15ページ目のコマの並びが違っていることはご存じだったでしょうか。
わたくしは、この記事を書くにあたり、両者を見比べてみてはじめて気がつきました。
(「COM」 1968/4)
⇩
(朝日ソノラマ)
とまぁ、こんな感じ。
実は、朝日ソノラマ版の15ページは、2ページ目とまったく同じなのですな。
16ページ目は、桜の花びらが舞い散る中、ジュンの全身像の1枚絵。
両側に余白を残し、少し縦長の画面となっております。
これは1ページ目と同じ絵。
(雑誌のほうは、「RENSAI ⑯/章太郎のファンタジイワールド ジュン/
(春の宵) 石森章太郎 と入ります)
ですから、循環するイメージを狙ったものでございましょう。
いや、はじまり、そして終わる、と言ったたほうが正しいですか……。
とすると、雑誌連載時と本になったものではどちらがいいか……。
流れから、雑誌時のほうが自然かなとも思えますが、
実際に比較してみますと、朝日ソノラマ版のほうが効果的なのでございますな。
目のアップから、ポンと全体を見せるのがリズムになっている。
変えただけのことはある、と思うのでございます。
石ノ森章太郎先生のファンとしては、『ジュン』の「春の宵」でございますよね~。
『ジュン』という作品は、マンガでこんな表現ができるんだ、
と、当時非常に衝撃を受けたものでございます。
大人になって冷静に読んでみますと、ちゃんと筋があって、
それを追うだけならばそれほどでもなかったりするのでございますが。
感性で読むんだ。そこから広がるイメージをとらえるんだ。
というわけでございますな。
内容的には、全編にわたって桜の花びらが舞い散る中、
桜の精が舞い、屍が現在と過去を結びつけ、そしてすべては桜吹雪となって……。
散る花の美しさと死のイメージ。
桜吹雪の見せる夢幻でございますな。
こういう作品を説明するというのは、難しいものでございますが。
黒澤明監督の『羅生門』や、
梶井基次郎先生のの『櫻の樹の下には』ですとか、
坂口安吾先生の『桜の森の満開の下』など、
イメージの基にあったのかとも思われます。
ちなみに、古本屋さんで買った『COM』誌1968年4月号に
たまたまこの「春の宵」が載っていたのでございますが
(この号には、永井豪先生の『豪ちゃんのふあんたじーわらうど バン』や、
石ノ森先生の「『墨汁一滴』の周辺」という一ページのエッセイも載っておりました)、
雑誌掲載時と朝日ソノラマ版(昭和50年)では、
15ページ目のコマの並びが違っていることはご存じだったでしょうか。
わたくしは、この記事を書くにあたり、両者を見比べてみてはじめて気がつきました。
(「COM」 1968/4)
⇩
(朝日ソノラマ)
とまぁ、こんな感じ。
実は、朝日ソノラマ版の15ページは、2ページ目とまったく同じなのですな。
16ページ目は、桜の花びらが舞い散る中、ジュンの全身像の1枚絵。
両側に余白を残し、少し縦長の画面となっております。
これは1ページ目と同じ絵。
(雑誌のほうは、「RENSAI ⑯/章太郎のファンタジイワールド ジュン/
(春の宵) 石森章太郎 と入ります)
ですから、循環するイメージを狙ったものでございましょう。
いや、はじまり、そして終わる、と言ったたほうが正しいですか……。
とすると、雑誌連載時と本になったものではどちらがいいか……。
流れから、雑誌時のほうが自然かなとも思えますが、
実際に比較してみますと、朝日ソノラマ版のほうが効果的なのでございますな。
目のアップから、ポンと全体を見せるのがリズムになっている。
変えただけのことはある、と思うのでございます。
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