2024/11/22 『赤毛のアン』が『アン・シャーリー』というタイトルになって2025年5月。Eテレで放映されるそうでございますな。キャラクターは以前日本アニメーションで製作された『赤毛のアン』をちょっと大人っぽくか、外国人に寄せた感じ。キャラクター原案:近藤喜文となるのかなぁ。基本的な服装などはどうあっても同じ感じになると思うので、あとは高畑勲先生へのリスペクトを表明するかどうかといった話になりましょうな。過去のアニメ作品をリスペクトして作られるってないですよねぇ。しかも小説などが原作としてありつつ。新しくていいと思います。
なぞのまとめ令和元年11月
2019/11/01 ニシムクサムライっていう言葉はいつ頃からあったんだろ?
おさむらいさんが西を向くっていうんだから、西郷さんあたり?
大の月・小の月が変化しないのは太陽暦のことだから、
それが採用された明治時代以降じゃないかと思うけど、もっと前のような気も……。
ウィキペディアの「大小暦」の項目によりますと
「天保8年(1837年)の大小暦を覚えるために作られた」のだそうでございます。
ただ太陰太陽暦での話でございますから、おそらくこの年だけの語呂合わせ……
なのでございましょう。
2019/11/03 ラジオで聞いたことですしうろ覚えですが、
葬儀が一般的になるのは平安末期から鎌倉時代ぐらいからみたい。
とっても身分の高い方は別ですし、悪霊を祓うことはございますものの、
神道では死は穢れとされておりますからな。
死体は山や河原、野辺に置かれ、平安京の町中にも転がっていることが
よくあったようでございます。
死にそうな人は、生きているうちに家人の手で家の外に運び出されたり、
みずからの足で河原などにおもむいたのだとか。
初期に葬式を行ったお坊さんはですから、
穢れがみずからに降りかかることを覚悟しつつ、
死体が死体が捨て置かれているのを見過ごしに出来ず、
お弔いをしたようでございます。
2019/11/04 (きのうの続き)
山や河原、野辺といったあたりは異界へ通じる場所でございますから、
遺骸をそこに運ぶというのは、日本的な弔いの心ではございます。
ただ死は穢れでございますからな。
死体に触れたらそれなりの忌みや清めををしなければならないですし、
近しい人でなければそうしたことはしないでしょう。
結果、平安京の町中でも死体が転がっていたのだと存じます。
ちなみに奈良時代の話でございますが『日本霊異記』第十二にも、
野ざらしのシャレコウベの話が出てまいります。
地面にあって人やけものに踏みつけられているそれを、
従者に命じて木の上に置いたら、
その従者が恩返しされたという報恩譚でございますが、
お坊さんが弔いの言葉をかけたりする描写は特にございませんでした。
2019/11/10 「『心中』は『忠』の字に通じて不届千万だから、
以後「相対死(あいたいじに)」という無粋な表現に改めると言いだしたのは、
かの大岡越前だという説がある」
(『日本の書物』紀田順一郎
(新潮文庫/昭和54年8月/愛の逃避行『曽根崎心中』p.266)
そうでございます。
これって、大岡忠相(ただすけ)の「忠」の字を
そんなところで使われるのがいやだったんでしょうなぁ。
この説が正しいとすればの話でございますが。
で「罰として心中死体をさらしものにしたところ、
見物人が蝟集(いしゅう)したので中止となってしまった」のだとか。
江戸っ子の物見高さと申しますか、当時の娯楽の少なさと申しますか……。
さすがのお奉行さまも、それを見誤ったということでございましょうか。
2019/11/12 11/9。深夜たまたまTVをつけると、
「南海キャンディーズのジャブジョブ」(静岡Daiichiテレビ)
をやっておりました。
お仕事版「ネホリンパホリン」(NHK教育テレビ)みたいな番組でございますな。
その日のテーマは「静岡のバーテンダー」。
バーでは1つ数万円もするようなグラスを使うことがあるそうでございます。
そのフチが少しかけただけで使い物にならなくなるため、乾杯は基本禁止。
なのですが、強くそれをいえない雰囲気のときもあるようで……。
といって割れてもお客様に請求は出来ませんから、店の負担になります。
髭男爵が流行ったときは戦々恐々としていたとか?
2019/11/13 流れ星が光っているのは、せいぜい五分の一秒。
長いものでも一秒前後、ゆっくりしていても二秒は続かないのだとか。
ですから、3回願い事をすればかなうと言うけれどとても無理。
その無理を可能に出来るのなら奇跡が起こってもふしぎじゃない、
ぐらいの意味なんじゃないか――。
言い回しは少し変えましたが、とのことでございます
(『科学なんでもQ&Aー天文学ー』
(社会思想社 現代教養文庫/1981/3))。
うーん、2秒で3回はホント無理だなぁ。
気づいてからの反応速度とかもございますし……。
しかも、それが最長でございますし、ねぇ。
『サイボーグ009』ヨミ編のラスト の願いも……叶わないのか、なぁ……。
2019/11/14 「面白い」の語源は、神話時代までさかのぼるそうでございますな。
天岩戸に引きこもっていた天照大神さまがご尊顔をお見せになったときに、
まわりに集っていた神々のお顔が、その光に照らされてぱぁ~っと白く輝いた。
それが「面白」という言葉の始まりだとか。
『古語拾遺』の説だそうでございます。
うーむ。……面白い。
2019/11/18 空に出現した奇妙なものは昔からいろいろとございますが、
新聞社が「空飛ぶ円盤」と命名したのが1947年。
UFOという言葉が米国空軍によって公式に使われたのが
1953年のことだそうでございます
(「月刊スターログ・日本版 №9 1979 JULY」ツルモトルーム
p.94「UFO事件簿」J・アレン・ハイネック)。
この記事の最初が第二次大戦中の"foo fighters"。
いずれにしましても、
第二次世界大戦以前は、このような存在の認識はなかったということですな。
SFの普及や航空機の進化(=未確認の機械が飛んでいてもおかしくないという認識)、
マスコミの発達などが関係しているのでございましょうか。
そういえば、ウェルズの『宇宙戦争』にも、
三足歩行型の兵器は出てきましたものの、空飛ぶ円盤は出てこなかったんじゃないかな?
ジョージ・パルさんの1953年の映画『宇宙戦争』には出てまいりましたが。
2019/11/19 ものすごーく今さらですが『スタートレック』の映画第一作目(1979)で
ございますが……(ネタバレをすごく含みます)。
創造主を探しに来た謎の物体ヴィージャー(V'GER)は、
実は300年前ブラックホールに吸いこまれたはずのヴォイジャー(VOYAGER)だった……。
ってことは、ヴィージャーは親(OYA)を探しに来たってこと?
2019/11/22 『テレビ小僧』を読み返していたら、
黄金バットが出てまいりましたので、
画像を、2018/06/18(『仮面ライダー』はなぜバッタ男か)に追加しておきました。
2019/11/23 ザクがシャア専用だったんじゃなくて、
シャアがザク専用だったんじゃないのかなぁ。
2019/11/24 ちなみに『ジュン』でございますが、
依頼されたのはギャグマンガだったそうでございますな。
「長いモノは描けないよ、じゃ、4、5ページのギャグマンガでも……、
と言うようなやりとりがあっ」たのだとか。
でも、ページが短いからギャグマンガではいかにもあたりまえ。
意欲的な雑誌にそれはそぐわないと、あのような詩的な作品になったそうで、
実験的という意識はまったくないのだそうでございます。
ただし、
わかりやすさこそが最高の技術とされる現代マンガにおいて、
受け手の感受性に委ねるこの作品が
「大衆受けするのは、詩と同様に遠い明日であろう」とは、
おっしゃっておられますな。
(参考:『石森章太郎・落書ノート』(小学館/昭和55年12月 p.116)。
2019/11/27 『サイボーグ009』ではオーストラリア人を選ばなかったものの、石ノ森先生は『大侵略』(1969)で、タスマニア王国なる国を登場させております。
文明国の代表と会見するのですが、それと対比するようなキャラクターにしておりますな。
電子書籍の試し読みでも、そこら辺はご覧いただけましょう。
2019/11/28 「ロックマン」が鉄腕アトムだとすると
「ストリートファイターⅡ」はサイボーグ009かなぁ。
2019/11/29 小さいころは、
マンガのサブやモブキャラクターは決まった形があって、
みんなそれを使っているのだと思っておりました。
手塚先生のキャラクターシステムと、
先生に影響を受けたマンガ家の方がそれに似た絵を描いていたこと、
それにこの『オバケのQ太郎』で、
石ノ森先生などがサブやモブ、ゲストキャラクターを請け負っていた
ためだと思われます。
あと、当時読んでいたマンガは小学館の学習雑誌ぐらいで、
他はテレビアニメだったせいもあるような気がいたします。
2019/11/01 ニシムクサムライっていう言葉はいつ頃からあったんだろ?
おさむらいさんが西を向くっていうんだから、西郷さんあたり?
大の月・小の月が変化しないのは太陽暦のことだから、
それが採用された明治時代以降じゃないかと思うけど、もっと前のような気も……。
ウィキペディアの「大小暦」の項目によりますと
「天保8年(1837年)の大小暦を覚えるために作られた」のだそうでございます。
ただ太陰太陽暦での話でございますから、おそらくこの年だけの語呂合わせ……
なのでございましょう。
2019/11/03 ラジオで聞いたことですしうろ覚えですが、
葬儀が一般的になるのは平安末期から鎌倉時代ぐらいからみたい。
とっても身分の高い方は別ですし、悪霊を祓うことはございますものの、
神道では死は穢れとされておりますからな。
死体は山や河原、野辺に置かれ、平安京の町中にも転がっていることが
よくあったようでございます。
死にそうな人は、生きているうちに家人の手で家の外に運び出されたり、
みずからの足で河原などにおもむいたのだとか。
初期に葬式を行ったお坊さんはですから、
穢れがみずからに降りかかることを覚悟しつつ、
死体が死体が捨て置かれているのを見過ごしに出来ず、
お弔いをしたようでございます。
2019/11/04 (きのうの続き)
山や河原、野辺といったあたりは異界へ通じる場所でございますから、
遺骸をそこに運ぶというのは、日本的な弔いの心ではございます。
ただ死は穢れでございますからな。
死体に触れたらそれなりの忌みや清めををしなければならないですし、
近しい人でなければそうしたことはしないでしょう。
結果、平安京の町中でも死体が転がっていたのだと存じます。
ちなみに奈良時代の話でございますが『日本霊異記』第十二にも、
野ざらしのシャレコウベの話が出てまいります。
地面にあって人やけものに踏みつけられているそれを、
従者に命じて木の上に置いたら、
その従者が恩返しされたという報恩譚でございますが、
お坊さんが弔いの言葉をかけたりする描写は特にございませんでした。
2019/11/10 「『心中』は『忠』の字に通じて不届千万だから、
以後「相対死(あいたいじに)」という無粋な表現に改めると言いだしたのは、
かの大岡越前だという説がある」
(『日本の書物』紀田順一郎
(新潮文庫/昭和54年8月/愛の逃避行『曽根崎心中』p.266)
そうでございます。
これって、大岡忠相(ただすけ)の「忠」の字を
そんなところで使われるのがいやだったんでしょうなぁ。
この説が正しいとすればの話でございますが。
で「罰として心中死体をさらしものにしたところ、
見物人が蝟集(いしゅう)したので中止となってしまった」のだとか。
江戸っ子の物見高さと申しますか、当時の娯楽の少なさと申しますか……。
さすがのお奉行さまも、それを見誤ったということでございましょうか。
2019/11/12 11/9。深夜たまたまTVをつけると、
「南海キャンディーズのジャブジョブ」(静岡Daiichiテレビ)
をやっておりました。
お仕事版「ネホリンパホリン」(NHK教育テレビ)みたいな番組でございますな。
その日のテーマは「静岡のバーテンダー」。
バーでは1つ数万円もするようなグラスを使うことがあるそうでございます。
そのフチが少しかけただけで使い物にならなくなるため、乾杯は基本禁止。
なのですが、強くそれをいえない雰囲気のときもあるようで……。
といって割れてもお客様に請求は出来ませんから、店の負担になります。
髭男爵が流行ったときは戦々恐々としていたとか?
2019/11/13 流れ星が光っているのは、せいぜい五分の一秒。
長いものでも一秒前後、ゆっくりしていても二秒は続かないのだとか。
ですから、3回願い事をすればかなうと言うけれどとても無理。
その無理を可能に出来るのなら奇跡が起こってもふしぎじゃない、
ぐらいの意味なんじゃないか――。
言い回しは少し変えましたが、とのことでございます
(『科学なんでもQ&Aー天文学ー』
(社会思想社 現代教養文庫/1981/3))。
うーん、2秒で3回はホント無理だなぁ。
気づいてからの反応速度とかもございますし……。
しかも、それが最長でございますし、ねぇ。
『サイボーグ009』ヨミ編のラスト の願いも……叶わないのか、なぁ……。
2019/11/14 「面白い」の語源は、神話時代までさかのぼるそうでございますな。
天岩戸に引きこもっていた天照大神さまがご尊顔をお見せになったときに、
まわりに集っていた神々のお顔が、その光に照らされてぱぁ~っと白く輝いた。
それが「面白」という言葉の始まりだとか。
『古語拾遺』の説だそうでございます。
うーむ。……面白い。
2019/11/18 空に出現した奇妙なものは昔からいろいろとございますが、
新聞社が「空飛ぶ円盤」と命名したのが1947年。
UFOという言葉が米国空軍によって公式に使われたのが
1953年のことだそうでございます
(「月刊スターログ・日本版 №9 1979 JULY」ツルモトルーム
p.94「UFO事件簿」J・アレン・ハイネック)。
この記事の最初が第二次大戦中の"foo fighters"。
いずれにしましても、
第二次世界大戦以前は、このような存在の認識はなかったということですな。
SFの普及や航空機の進化(=未確認の機械が飛んでいてもおかしくないという認識)、
マスコミの発達などが関係しているのでございましょうか。
そういえば、ウェルズの『宇宙戦争』にも、
三足歩行型の兵器は出てきましたものの、空飛ぶ円盤は出てこなかったんじゃないかな?
ジョージ・パルさんの1953年の映画『宇宙戦争』には出てまいりましたが。
2019/11/19 ものすごーく今さらですが『スタートレック』の映画第一作目(1979)で
ございますが……(ネタバレをすごく含みます)。
創造主を探しに来た謎の物体ヴィージャー(V'GER)は、
実は300年前ブラックホールに吸いこまれたはずのヴォイジャー(VOYAGER)だった……。
ってことは、ヴィージャーは親(OYA)を探しに来たってこと?
2019/11/22 『テレビ小僧』を読み返していたら、
黄金バットが出てまいりましたので、
画像を、2018/06/18(『仮面ライダー』はなぜバッタ男か)に追加しておきました。
2019/11/23 ザクがシャア専用だったんじゃなくて、
シャアがザク専用だったんじゃないのかなぁ。
2019/11/24 ちなみに『ジュン』でございますが、
依頼されたのはギャグマンガだったそうでございますな。
「長いモノは描けないよ、じゃ、4、5ページのギャグマンガでも……、
と言うようなやりとりがあっ」たのだとか。
でも、ページが短いからギャグマンガではいかにもあたりまえ。
意欲的な雑誌にそれはそぐわないと、あのような詩的な作品になったそうで、
実験的という意識はまったくないのだそうでございます。
ただし、
わかりやすさこそが最高の技術とされる現代マンガにおいて、
受け手の感受性に委ねるこの作品が
「大衆受けするのは、詩と同様に遠い明日であろう」とは、
おっしゃっておられますな。
(参考:『石森章太郎・落書ノート』(小学館/昭和55年12月 p.116)。
2019/11/27 『サイボーグ009』ではオーストラリア人を選ばなかったものの、石ノ森先生は『大侵略』(1969)で、タスマニア王国なる国を登場させております。
文明国の代表と会見するのですが、それと対比するようなキャラクターにしておりますな。
電子書籍の試し読みでも、そこら辺はご覧いただけましょう。
2019/11/28 「ロックマン」が鉄腕アトムだとすると
「ストリートファイターⅡ」はサイボーグ009かなぁ。
2019/11/29 小さいころは、
マンガのサブやモブキャラクターは決まった形があって、
みんなそれを使っているのだと思っておりました。
手塚先生のキャラクターシステムと、
先生に影響を受けたマンガ家の方がそれに似た絵を描いていたこと、
それにこの『オバケのQ太郎』で、
石ノ森先生などがサブやモブ、ゲストキャラクターを請け負っていた
ためだと思われます。
あと、当時読んでいたマンガは小学館の学習雑誌ぐらいで、
他はテレビアニメだったせいもあるような気がいたします。
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